第1章 犬に育てられて 第4話
英佳(ふさよし)は、処理の終わったヤマドリを新聞紙でくるむと、天田の狩猟チョッキの背袋に入れた。
「ありがとうございます」
「いいヤマドリだ。尾羽も長いし、たいして傷もつかなかったから、剥製になるだろう」
「ありがとうございます」
「さあ、次こそは天田さんが落とす番だ」
「はい」
自分で撃ち落とせなかったことは残念だが、英佳の励ましと背袋の脇からはみ出ているヤマドリの長い尾羽は、気持ちを軽くしてくれている。
先ほどの休憩からさほど時間は経っていないが、一区切りついたことから、早目のお昼にすることとなった。
英佳が小枝を集め始めたので、天田も手伝うが、ここでも英佳の手際の良さが目立つ。枯れていて、乾燥している枝を選ぶ速さ、まとめる速さ、運ぶ速さ、全てが速さとして表れている。
スギの枯葉をひとつかみ中心に置くと、集めてきた小枝を重ねていく。ある程度の高さになったところで、懐から出したマッチでスギの葉に火をつけると、瞬く間に小枝に火が伝わっていく。その火の育ち具合にあわせて次第に太い枝を重ねることで、数分と掛からずに焚火が完成してしまう。
ザックから取り出したコッヘルは、長年使いこんだ傷や煤の汚れが目立つが、丁寧に扱われている様子が見て取れる。沢の水をすくうと、湿った太い枝を五徳替わりに焚火に渡し、その上でお湯を沸かし始める。
続いて、小型の金属のカップを取り出すと、そこに味噌を一塊りと鰹節を削ったものをいれる。ここに沸いたお湯を入れれば、インスタント味噌汁の完成だ。
今でこそ、コンビニエンスストア等でインスタント味噌汁を売っているが、昭和五十年代では、まだまだコンビニエンスストアやインスタント味噌汁は身近にはないものだった。山歩きをする狩猟者の知恵は、現代にも通じるものだった。
具がない味噌汁では、寂しいので、ザックからは長ネギが登場し、さらにビンに入ったナメコまでが出てくると、もう腹の虫が黙ってはいなかった。
「山里さん、いつもながら手慣れていますね」
「そうかい。まぁ、山の中だから贅沢はできないけれど、疲れたときにはしょっぱいものが欲しくなるし、汗をかいて体が冷えるから、味噌汁は忘れちゃならないね」
「それでも、そんなに道具を背負っていて重くないんですか」
「まぁ、必要最低限しか持ってこないし、慣れてしまえば気にならないよ。それよりも、お客さんに喜んでもらえるとね、その方が嬉しいね」
「山里さんの味噌汁の作り方は、家でも重宝しているんですよ。鍋を汚さないで済みますし、お湯を沸かすだけですからね。最近は、鰹節の出汁が顆粒状になったものもスーパーで売っているので、我が家では、味噌汁のお椀に味噌とその顆粒出汁を入れて、適当な具を加えてお湯をかけて一人前を作るようにしています」
「そうかい。そりゃ便利だね」
「今度、顆粒の出汁を持ってきますよ」
「そりゃ、ありがたいね。荷物がまた軽くできる」
メインは、英佳の娘が握った塩結びであるが、ここにも一工夫してあって具には山で採れた恵みが活かされており、天田の楽しみとなっている。
今回は、ギョウジャニンニクを刻んで醤油に漬けたものが入っていた。ニンニク特有の匂いと醤油、白米が上手く絡み合って、冷えたお結びであるがために、その強烈な味わいを引き立ててくれているのだ。
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