第1章 犬に育てられて 第1話

 この物語は、昭和の終わり頃に始まる。


 林道の行き止まりには1台の車が停められていた。

 かれこれ、山に入って二時間になる。

 荷台から放たれた猟犬は、休むことなく山の斜面を移動し、獲物の匂いを追っている。

 

 辺りには、昨晩降った雪が薄っすらと残ったままだ。

 気温は、動き始めは氷点下だったが、今では薄日が差し、摂氏三度くらいにまで上昇しているとはいえ、吐く息は白く見える。

 

 猟犬がハァハァという荒い息遣いを繰り返しながら、時折藪に向かって慎重に動く姿から、後に続く狩猟者は、「ヤマドリか」と銃を握る手に力が入る。

 

 ピタリと立ち止まったかと思うと、ハァハァという息遣いを潜め、鼻先の一点を凝視しつつ、全身に緊張感をみなぎらせ、長い尾の先までピンと力の入った姿を見せる。

 

「ポイントだ」

 思わず小さく声がこぼれる。


 鳥を発見した時に見せるこの仕草から、この猟犬はポインターと呼ばれる。同じように、鳥を発見した時にポイントする犬種には、セッターやブリタニースパニエルなどがあり、鳥猟犬と呼ばれている。

 

 どの犬種もヨーロッパ人がお金と時間をかけて育成してきた犬種であり、鳥を捜索し、居場所を突き止め、ハンターにその場所を指し示す一連の動きは、訓練ではなくDNAに基づく本能的な動きなのだ。

 

 狩猟者は、薬室に鳥猟用散弾を装填し、静かに機関部を閉鎖、安全装置を確認しつつ、どちらの方向に獲物が飛び出しても撃てるように足場を固める。犬と同じに、ハァハァと荒くなっていた息を整え、


「ヨシ」

という声をかける。


 その声に押されるかのように、猟犬は一気に目の前の藪に飛び込んでいく。

 ゴトゴトという羽音を立てながら、ヤマドリが藪から飛び出す。銃を構えようとする後ろから、


「メスだ!」

という声に、その動作を諦める。


 保護繁殖のために、ヤマドリのメスは捕獲が禁止されているためだ。

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