原罪犯しまくりの常習犯は記憶喪失牢獄へ!

ちびまるフォイ

ハイストレスな看守のお仕事

暗く冷たい床と壁。

安っぽいベッドにまずい飯。


この記憶喪失牢獄は地獄だ。


「なあ、俺がなにをしたっていうんだ」


格子の向こうにいる看守に声をかけた。

看守はめんどくさそうに答える。


「その質問、今がはじめてだと思っているだろうが

 もう何十回も聞かれてうんざりしてるんだ」


「何十回!?」


「いい加減、牢獄から出てくれよ。

 何度も同じ質問を繰り返され、同じ反応を返される。

 楽な現場だと聞いていたのになぁ……」


「そんなこといっても、記憶喪失牢獄に入ったら

 それまでの記憶が消えるんだからしょうがないだろう」


「それでもいい加減に体で覚えるとかないのか」


「……体で、ねぇ」


この世界の人間にはそれぞれ原罪と呼ばれる個々の制約がある。

道で歌ってはいけない、とか。

夜9時以降にご飯を食べてはいけない、とか人によって様々だ。


罪でもなんでもないそれらを犯してしまうと、

この記憶喪失牢獄へと囚われて更生を促される。


なんらかの原罪を犯したとはいえ、原因がわからなければ改善の余地もない。


「看守、俺の原罪はいったいなんなんだ?」


「ここには何十人何百人という人間がいるんだ。覚えてられるか」


「くそ……今度この牢獄から出れたらメモしておくしかないか」


「そうそう。それで思い出したが、お前の更生猶予日程が決まったぞ」


「ほ、本当か!? この記憶喪失牢獄から出られるのか!?」


「あくまでも一時的に、だ。牢獄から出てしばらくの間、原罪を犯さなければ晴れて自由の身だ」


「もし、原罪を犯してしまったら……?」


「記憶を消されて牢獄に逆戻りだ」


「もう二度と戻ってたまるか!」


自分に課せられている原罪を知ることはできないが、

看守がいうに何度も収監されていることから日常的についやってしまう動作に違いない。

油断したときに原罪を犯してまた収監されるという無限ループになっているのだろう。


自分を厳しく律するために、手の甲に借りたマジックで文字を書いた。


『絶対に原罪を犯すな!』


文字をじっと見つめていると、これが洗い流されたときに自分が原罪を犯してしまう気がする。

記憶喪失牢獄の壁を削って欠片を取り出すと、石の先で自分の体に刻みつけた。


「原罪を繰り返せばまた牢獄いきだぞ、と……よし」


いつどこでどんなときにも見返せるように体中に刻みつけた。

ついに迫った更生猶予の日。


この薄汚れた空間から出られる期待感と、原罪を犯すんじゃないかという不安が入り交じる。

いくら体に注意を刻みつけてもその不安が晴れることはない。


もし仮に自分が原罪を犯したとしても、

それがなんだったのかわかるために自分自身の動画を撮影することにした。


運命の日がやってきた。


「記憶喪失囚人番号1010。出ろ」


記憶喪失監獄のドアがはじめて開けられた。


「いいか。もう二度とここへ戻ってくるんじゃないぞ」


「当たり前だ。誰が好き好んで記憶喪失牢獄に入るんだ」


手の甲や足、腹や胸には痛みとともに刻みつけられた文字が目に入る。

記憶はないがこれまでの自分とはひと味もふた味も違う。


「これで晴れて自由の身だーー!!」


 ・

 ・

 ・









気がつくと、記憶喪失牢獄の中にいた。

記憶はないがまたやってしまったのだろう。


「俺はなんておろかなんだ……!」


何をしでかして牢獄に入ったのか記憶はない。

こんなときのために自分を録画したものがあるのを、体に刻みつけられた文字で知る。


「いったい俺は何をしたんだ」


動画を再生した。



『これで晴れて自由の身だーー!』



記憶喪失牢獄から解放され、たいそう喜んでいる自分が見える。

更生猶予のための誓約書やらを書いている自分が映る。


いっこうに原罪を犯して捕まる様子はない。


「……原罪を犯してないじゃないか」


さらに動画を進めても捕まる様子はない。

記憶喪失刑務所からも解放され、外の空気をめいっぱい吸い込んでいる自分。


深呼吸をぴたりと止めると、思い出したようにふたたび刑務所へと逆走をしはじめた。


「おいおいなにやってるんだ俺! せっかく戻ってこれたのに!」


動画の中の自分は来た道を引き返してかつて収監されていた記憶喪失牢獄へと向かう。


『大事な時計を忘れちゃったよ。ははは、うっかりしていたな』


動画の自分は開きっぱなしの牢獄に足を踏み入れようとする。

そこに看守が青ざめた顔ですっ飛んできた。


『おいバカ記憶喪失牢獄に入るんじゃない! 中に入ったら記憶が消えるぞ!!』


看守の言葉が耳に届くのは遅く、そうとは知らない動画の自分は牢獄に入ってしまった。

記憶喪失牢獄に入るやそれまでの勢いが止んで、急に棒立ちになってしまった。


しばらくぼーっとしたあと、物珍しそうに牢獄の周囲を見始める。

かと思ったら急に地面に膝をついてうなだれていた。


『俺はなんておろかなんだ……!』


ひとしきり絶望した後、これまでの動画を見始める自分が映る。

ここで動画の録画は終わっていた。


「俺は原罪なんて犯してなかった。ただ何も知らずに牢獄へ入っちゃったんだ!」


すべてを知って記憶喪失牢獄のドアにかけよるがびくともしない。

すでに鍵がかかっている。


「おい!! 看守! いるんだろ!? ここから出してくれ!!」


看守はめんどくさそうにやってきた。


「聞いてくれ! 俺は時計を忘れてこの記憶喪失牢獄に入っただけで、

 原罪なんてひとつも犯していないんだ! 証拠だってある! 動画に撮ってたんだ!!」


「はいはい……」


「信じてくれ! 本当なんだ!!」


「ああ、そうだろうな。だがお前は原罪を犯したから今も牢獄にいるんだよ……」


「嘘だ! そんなわけないだろ!!」


看守は「ハァ」とため息をついて答えた。



「お前の原罪は動画を見ることなんだよ……」



原罪を忘れるよう再び記憶が消された。

頭が真っ白になった。



「なあ、俺がなにをしたっていうんだ!」


声をかけられた看守はもう何も答えずにどこかへ行ってしまった。

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