第30話:芦田幸太はカウンターへ

自ら恋人ができたことを暴露した松本さんは、恋バナ好きだと豪語する美作さんから逃げることができず、二人で恋バナを始めてしまった。

寺垣君も、高橋係長となにやら盛り上がっているようだった。


場が盛り上がってきたこともあり、小休止にと僕は「あで~じょ」のカウンターへとやって来た。


「おや幸太、珍しく休憩かい?」

津屋さんが、カウンターの向こうからそう言ってジョッキに入ったビールを僕の目の前へと置く。


休憩かい?って聞きながら出す飲み物ではないけれど、もういつものことなので気にせずにそれを口に運んでいると、小林課長が隣の席へとやって来た。


「先輩、俺にもビールね」

津屋さんへとそう言う小林課長に対し、


「ったく。いつまで後輩気分なんだいあんたは」

そう返しながら津屋さんはジョッキを小林課長へと差し出した。


「お二人は、お知り合いなんですか?」

二人のやり取りが気になった僕は、そう問いかける。


「幸太、あんた私が大学にいたの智恵から聞いてんだろ?」

津屋さんは呆れるようにそう返してきた。


「あ・・・」

思わず僕は声を漏らした。


そういえばそうだった。静海さんから、津屋さんは以前騎士ヶ丘大学に勤めていたと聞いていた。

だとすれば小林課長が津屋さんを知っているのもおかしいことじゃないんだ。


「ってことは、小林課長は津屋さんの後輩だったんですか?」

「こっちの方が年上に見えるだろぉ?」

僕の疑問に、津屋さんがそう圧をかけてくる。


「ア、ソウデスネェ~」

いつものように僕が棒読みでそう返すと、


「くっくっく。よく教育してるな~」

小林課長はそういいながら笑ってビールをあおっていた。


「それにしても、あんたが課長ねぇ~」

津屋さんはそれに対抗するかのように、笑っている小林課長をイジるように半笑いで見つめている。


「誰かさんが辞めちまったもんだから、俺みたいなもんでも課長になっちまうんですよ」

少し拗ねるように、小林課長はジョッキを置いた。


「アッシー、この人がなんで大学辞めたか、知ってるか?」

ちょっと酔いが回ってきた様子の小林課長が、こちらに話を振ってきた。


そういえば、確かに津屋さんが大学を辞めた理由までは聞いていない。

聞いていいことかも分からないし。


そう思って津屋さんに目を向けたけど、


「あら、言ってなかったかい?」

事もなげに言う津屋さんの次の言葉が、小林課長と重なった。


「「宝くじが当たったから」」


「はい???」


え、今なんて?宝くじ??


「だから、宝くじが当たったから辞めてやったんだって」

津屋さんの再度の言葉に、僕の耳がおかしいわけではないことは分かった。

でも、いくら当たったからって辞めるほど当たるなんて。


「ちなみに、おいくら?」

「5億」


・・・まぁ、辞めるかも。


「もともと好きでやってた仕事ってわけでもなかったからね。当たった金であのアパート建てて、この店作って、あとは家賃とここの稼ぎで悠々自適の生活ってやつさね」

津屋さんはそういいながら豪快に笑って、いつの間にか注いでいた焼酎を一息に飲み干した。


「嫌々やっててあの仕事量って・・・」

対して小林課長は、ため息交じりにそんなことを呟いていた。


「静海さ・・・課長補佐から伺いましたが津屋さんってそんなに仕事ができたんですか?」

「そりゃぁもう、出来たなんてもんじゃないぞ。俺ら世代の中では群を抜いていたからな。真っ先に課長になるのは津屋先輩だって、みんなが言っていたくらいだ」


おぉ、凄いんだな津屋さん。しかも直属の上司である小林課長がそう言っているから、余計にそう思える。


「どうやったら嫌々でそんなに仕事できるんですか、先輩!」

小林課長は津屋さんに矛先を向けた。


「どうって。嫌々だからに決まってんじゃないか」

「「ん??」」

当たり前のように出された津屋さんからの回答に、僕と小林課長は首を傾げる。


「だから、いやだからさっさと終わらせるんじゃないか、って言ってんだよ」

「いや、それは分かりますけどね?あの頃って、終わっても終わっても次の仕事回されるだけだったじゃないですか!?あ、それは今もそうか」


「今どうなのかは知らないけどさ。当時だって別に無制限に仕事があったわけじゃないだろ?あたしはただ、次に回されるだろう仕事まで先に終わらせてから上司に報告してたからね。

『じゃぁ次これね』って言われたら『それももう終わりました!ってことで帰ります!』で終わりだよ」


凄いな津屋さん。いくら次が終わってたからって、それで帰るのも十分勇気がいるような気がする。

でもまぁ嫌々やってたからこそ、その辺は割り切れたのかもしれないな。

次を見越してっていうところなんかは、僕も見習わなきゃいけないかもしれない。


「はぁ~。一生先輩についていくつもりだったのに~」

「なに気持ち悪いこと言ってんだい!部下の前でみっともない」

心底気持ち悪そうに、津屋さんは小林課長の頭を叩いた。


「アッシー。先輩から気持ち悪いって言われたよ~」

もう完全に出来上がってしまっている小林課長は、そう僕に泣きついてきた。


「あー。コバヤシカチョウハタヨリニナリマスヨ~」

先ほど津屋さんに使ったのと同じ僕の棒読みに、


「聞きました先輩!?俺、頼りになる上司になりましたよ!!アッシー、君はほんとに良い子だな~」

「あっはっは!教育されてるだろう!」


小林課長からはめちゃめちゃに頭を撫でられ、津屋さんからは背中が赤くなるくらいバシバシ叩かれながら、この日の飲み会は幕を下ろした。

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