第29話:素敵笑顔の松本さん

「高橋係長、アレってなんですか?」

烏龍茶を煽る高橋係長に、僕は訪ねた。


「なんだよアッシー、見てないのか?」

寺垣君が僕へと突っかかる。


突っかかると言っても、以前のような棘のある感じじゃないんだけどね。


「アレだよ、アレ!ウチこの大学の募集があったとき、ホームページに職員の仕事についての説明があっただろ!?」

寺垣君の言葉に、酔いが回ってきた頭をフル回転させて記憶を手繰り寄せる僕。


確かに採用試験を受けるにあたって、僕も大学のホームページを見た。


試験要領とは別に『主な業務内容』っていうページが作られていて、「親切だなぁ〜」なんて感じたのを思い出した。


そこには色んな部署の業務内容と一緒に、そこで働いている人達も載っていた気がする。


人事の五島さんも、人事の業務についてインタビューに答える形で載っていた。


そういえば地方創生学部も、『新しい学部が出来ました!』っていうタイトルで記事があったな。

そこには、凄く綺麗な人が満面の笑顔で写っている写真が載ってたっけ。


そう、凄く綺麗な人が。


・・・・・・・・・・


「あぁーーーーっ!!!」


あれ松本さんだ!

あんな満面の笑み、リアルで一度も見たことないけど確かにあれは松本さんだ!!


「どうやら、アッシーもアレの記憶はあったみたいだな」

いつの間にかさらに飲み物注文していた高橋係長が、僕らが今飲んでいる小料理屋「あで〜じょ」の店員である春日部 藍流あいるさんからコーラを受け取ってからニヤリと笑っていた。


春日部さん、相変わらず「コーラお待ちっ!」って居酒屋のノリで飲み物渡してる。


「藍流!あんたいつになったらそのノリ治るんだい!?」

って「あで〜じょ」の女将でもある津屋さんの声が聞こえてくる。

自分の出した大声のことも忘れて、僕がそんなことを考えていると。


「アッシー、うるさいよ」

「「ひっ!!」」


僕の突然の叫び声に反応した松本さんの突然の降臨し、僕と寺垣君は小さく悲鳴を漏らした。


「松本、どうやらこの二人、ホームページに載っているキミのあの写真のファンらしいよ」

高橋係長は笑いを噛み殺したような表情を浮かべて松本さんへとそう言った。


「松本先輩のあの写真、凄く素敵ですよね!今のクールな感じも素敵ですけど!!」

松本さんと同時にやってきた美作さんは、そう言いながら目をキラキラとさせている。


「っていうかそんな素敵な私を見て悲鳴を上げてるコイツラはなんなの」

対して松本さんは、美作さんの言葉を肯定しつつも僕と寺垣君に冷めた視線を投げつけてくる。


「ま、松本さん、ホームページに載ってたんですね」

僕は頑張って言葉を捻り出した。


寺垣君はまだまだ普段の松本に慣れていないこともあって、というか理想ホームページと現実のあまりのギャップに未だに馴染めていないみたい。


僕?僕は現実の松本さんには多少慣れてるから。

それでも元の性格のせいで捻り出した言葉がフォローにもなんにもならない言葉なんだけどね。


「・・・・・あんた達。今すぐにアレの記憶は削除しなさい」

松本さんは、冷ややかにそう告げる。


「えぇ〜っ!あんなに素敵な写真、記憶から消すのなんて勿体ないですよ!」

美作さんはそんな松本さんの言葉を即座に否定している。


っていうか美作さん。よく今の松本さんにここまで言えるなぁ。


「・・・アレは。アレは私の人生最大の失敗。あんな表情、撮らせるつもりなんでなかったのに」

あ、松本さんが凄く悔しそうな表情浮かべてる。


笑顔以上に、レアかも。

いや、笑顔も十分レアなんだけどさ。


「はっはっは〜!確かに、松本さんのあんな表情を引き出すなんて、あのカメラマンかなりのやり手だよなぁ!!」

そこに登場したのは完全に忘れられていた小林課長だった。


そんな小林課長はさらに言葉を続ける。


「松本さんをあれだけ笑顔に出来る男、そうはいないぞ!

どうだ松本さん、私が先方に話してみるから、一度デートでもしたらどうだ?」

「課長、それもう完全にセクハラです。帰りに松本から刺されますよ?」

小林課長のセクハラ発言に、高橋係長が釘を指している。

そしてさり気なく、松本さんの近くにあったフォークを下げている。


高橋係長、ナイスです。

今の小林課長の発言、松本さんが聞か流すはずがない。

あのフォークがそのままそこにあったら、きっとここは血の海になる。


僕はそう思って、そっと松本さんへと視線を戻した。


「・・・・・・・・・」

でも松本さんは、小林課長の言葉に言い返すことはなく、顔を真っ赤にして俯いていた。


「えっ?えっ!?もしかして松本先輩、その人ともう・・・」

美作さんがそんな松本さんに、これまで以上に目を輝かせて迫っている。


「うん。付き合ってる」


「「「「えぇーーーーっ!!!」」」」

「きゃぁーーーーーっ!!!!!!」


僕ら男性陣の驚きの声と、美作さんの黄色い叫び声が小料理屋「あで〜じょ」に響き渡る。


っていうか男4人の声よりも、美作さんの声のほうが断然大きい。


「ま、松本先輩っ!その話詳しくっ!私、恋バナ大好きなんですっ!!!!」

美作さんの目が、獲物を捉えた狩人のそれへと変貌している。


「そ、それはまた、今度2人で飲むときにでもゆっくりね」

あの松本さんが、狼狽えながら狩人へとそう返している。


こんな松本さん見るの、初めてだな。


美作さんの意外な一面も見ることができたし、今回の飲み会は大成功率と言えるんじゃないだろうか。


僕はそんなことを思いながら、そっとビール片手に席を立った。

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