54.こんな物はただの石だ

 なにを今さらと言えるほど、人間の集合意識、情念じょうねんは、軽くはないだろう。


 圧倒的な科学と軍事力でほぼすべての大地と海洋を手に入れた白色人種が、最後に心の底で求めたものは、それを正当化する根拠だった。


 だが、気がつけばあがめる神は有色人種の神で、どんな王家の伝統も格式も、辺境へんきょうの有色人種が守ってきたものに遠く及ばない。


 みずからが発展させた科学が、遺伝形質いでんけいしつの解析という方法論によって、それらの不都合な真実を暴露ばくろし始めてしまったのだ。


 過去にイスハバートを襲った運命と、現在マリネシアにせまる運命の、根底が一つにつながった。


 混血人種の帝国であるフェルネラントと、この二国は、白色人種にとって否定しなければならない、論理ろんりの敵なのだ。


「マリネシアの星か、こんな物はただの石だ。だが、ただの石に、マリネシア皇帝の正統のあかしだのなんだのと、人が価値を後付けする……いっそ放り捨てて、ルシェルティが白人との子でも産んで、そいつを皇帝にすれば良い。男系継承だんけいけいしょうさえ途絶とだえれば、白人どもも少しは満足するかも知れん。でなければ、イスハバートの二の舞いだ」


「いやはや……手に入れてみたら、とんでもない誘導爆弾ゆうどうばくだんだったわね。誰なのよ? 秘宝だの素晴らしい力だの、無責任なうわさを流したのは」


「そこの皆殺みなごろしじじいだ。だからろくなことにならんと、言ったものを」


 ユッティ、ナドルシャーン、カザロフスキー、マリリの視線が、次々とヒューゲルデンを突き刺した。


 悪戯いたずらとがめられた子供のように、ヒューゲルデンが苦笑する。


「まあ、かついだのは悪かったがね。しかし、無責任ってのは、そっちの骸骨がいこつじじいだぞ。いくら面倒くさくなったからって、放り捨てるのはいかがなもんかね」


「白色人種の支配が完成した後の世界では、至尊しそん皇統こうとうなどがいにしかならん。奴ら自身の科学が、決して許さんよ」


「それでも、マリネシアの国民が、マリエラの海に生きる人間が、そいつをうやまほうじている限り……なんとか守る方法を考えるのが、責任ってものじゃないかね」


 ナドルシャーンが、ヒューゲルデンを見据みすえた。


 ヒューゲルデンは禿げ上がったひたいを軽くなでてから、ユッティに向かい合った。


「俺はな、ずっと海の上で戦ってきた。名前の通り、たくさん殺したよ。だからわかるんだが……戦争には、落としどころってのが必要なんだ。どっちかが一人残らず死ぬまでやる、皆殺みなごろしにするってのは、やっぱり上手うまくないんだよ」


 飄々ひょうひょうと話しているが、声の底には、深い悲しみがにじんでいた。


「ひげの皇子さんがしていることは、反対だ。イスハバートを解放して宗教を、マリネシアを独立させて伝統を、俺達のものだと突きつける……白人どもは力に頼るしかなくなるが、植民地独立のお題目は、その力までけずることになる。これじゃあ、落としどころは見つからない。どっちかが皆殺みなごろしになるまで、続けるしかなくなるぞ?」


 ヒューゲルデンの言うことは理解できる。


 視点を変えれば、確かにエトヴァルトの戦略は、正論だけで自分も相手も追いつめている。


 ヒューゲルデンはロセリアの協調を引き出し、皇統こうとうを政治の表舞台から引き離すことで、時間をかけて妥協点だきょうてんさぐるつもりでいたのだろう。


 歴戦の軍人らしいねばり強さだった。


 ヒューゲルデンの目が、値踏ねぶみをするようにユッティを見る。受けて、ユッティが堂々と、水着の胸を張った。


「ひげが考えてることは、あたしにもわからないわ。それは、あたしには見えないものが見えている、あたしが認識している以上のものを認識している、ってことよ。戦争をどうしていくかなんて、誰の手にも負えない博打ばくちなんだから……少しでもましと見込んだ奴に、命でもなんでもけるだけよ」


 ユッティが笑う。


「マリリちゃん、メルルを借りるわ。リントを連れて、お兄様を宮殿まで護衛して。あの海月くらげちゃんに一発かましたら、東海岸に集合ね!」


「了解です!」


「デンさん、車を二人に用意してあげて。それから、駆逐艦くちくかんに野郎どもを集めなさい! マリネシア海軍、出動よ!」


「お、おう?」


「カザロフスキー……さん? は、悪いけど連れて行けないから、ここでプリさんと難しい本でも読んでなさいな」


「き、きさまに命令される筋合いは……」


「あるわ」


 ぴしゃりと言い切った。


「この宝探しに勝ったのは、あたし達だもの。マリネシアもロセリアも、この場は一切合切いっさいがっさい、あたし達にけてもらうわよ!」


 聞くべきことはすべて聞いた。決断するべき人間に、必要なすべての情報が伝わった。


 ナドルシャーンとマリリが、目を合わせた。


 マリネシアとイスハバート、遠く離れた二つの国の運命が、世界大戦という歴史の特異点に引き寄せられて、交差していた。

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