51.難しいものですね

 私としても、個人的な感情を作戦行動に持ち込む気はなかった。


 先生はもとより荒事あらごとに向かず、マリリと私が一緒に行動するのも、作戦展開の幅をせばめる。消去法だ。


 それでもバララエフ中尉の人あたりの良さ、不愉快の境界線を越えない押しの加減には、正直、舌を巻いた。


 なにもかもまっさらな無知、もとい無地むじの状態で出会っていたらと思うと、そういう自分の反応にも興味はある。


 しかし今は、まあ、多少あてにできる人手以上の存在意味はない。


「もうすぐ西海岸に出るよ。誰もいないといいな。それなら、少しくらい浜辺で遊んだって良いだろう?」


「水着を期待されても困りますが」


「あれも抜群に素敵だったけど、目のやり場に困ったからなあ。軍服のジルも、凛々りりしくて良い感じだよ!」


 もう、左の耳から右の耳に吹き抜ける。バララエフ中尉の鼻歌混じりの運転に、軍用車まで軽くなったような走りっぷりだ。


 それでも、目的地のかなり手前で車を停めて、身振みぶりで行動を確認する。さすがに手慣れたものだった。


 道の脇、森の樹々きぎに隠れながら移動する。どこで鉢合わせするかもわからない。


 装備の特性上、前衛を務めるつもりだったが、バララエフ中尉が率先して前に出た。


 背中を警戒するのも疲れるだろう、と器用に身振りで伝えてくる。まあ、甘えることにした。


 しばらく進んでも、人影は見当たらない。森の中にも、まだ野営の形跡はない。用心して森を抜け、西海岸の南端をのぞいた。


 いた。


 揚陸艇ようりくていが砂浜に接岸していた。上陸した歩兵部隊が、点呼を取っている。


 理想より、少し遅かった。


 水平線に見える程度で確認できていれば、まだ対応する時間が取れたのだが、相手にしてみれば夜明けの薄明はくみょうまぎれるのが常道じょうどうだ。


 こちらの都合で不満ばかりを並べても仕方がない。


 武力制圧にしては、人数も重火器も明らかに不足している。装備は最低限の小銃に加えて、呼吸器と、何人かが噴霧器ふんむきのようなものを背負っていた。


 あくまでマリネシアの星を確保し、ルシェルティ皇女おうじょ傀儡かいらいの皇帝とする計画ならば、殺鼠剤系さっそざいけいの薬物だ。


 島中に散布して、鳥の死体の山から目標を捜索そうさくするつもりだろう。


 乱暴なのか気を使っているのかわからないのが、いかにも万事に開拓者精神を振りかざす、アルメキアらしいやり方だった。


 軍用車まで戻ることを手で示すと、バララエフ中尉が露骨ろこつに胸をなで下ろした。


 どんな蛮族ばんぞくと思われていたのか、心外だ。機動性と柔軟性を重視すると言ったはずだ。


植生しょくせいの薄い斜面から、軍用車で突入します。適当にひっかき回して、同じ斜面から引き上げましょう」


「おかしいって! 無茶にもほどがあるよ! 自分でそう思わないの?」


「人が死ななければ良い、というものではありません。余所様よそさまの庭での、遠慮というものを教えて差し上げます」


 有色人種の国や軍隊など、頭から見下しているようだ。今なら周辺警戒もおざなりだが、隊形を整えられたら多勢に無勢だ。


「まあ、無理につき合えとは言いませんよ」


「言ってよ! せめて! この状況で一抜けなんてできないから!」


「では運転をお任せします。ついでに銃を貸していただけると、ありがたいですね」


 軽薄けいはくそうな顔立ちに、なんとも難解な表情が浮かんだ。


 れた弱みというやつだろう。弱みにつけ込むのも戦術だ。これにりて、悪く思ってもらって全然かまわない。


 発動機が、高らかに排気煙を上げた。恐らく今度は、バララエフ中尉の心とは裏腹に、軍用車が軽やかに加速した。


 そして軽やかに道を外れて、軽やかに森を突っ切り、軽やかに斜面に飛び出した。


 呆然としたアルメキア兵士の口から、紙巻き煙草たばこが落ちた。服にげ目がついて、小銃を構えるより先に、慌てて払う。


 部隊のあちらこちらで、一斉に同じ挙動が見られたのには、思わず笑ってしまった。


 拝借はいしゃくした自動銃剣を構え、撃つ。飛び跳ね、右に左に曲がる軍用車の中だから仕方がないが、弾丸がどこに行ったかもわからない。


「難しいものですね」


「こんな状態で当たるなら苦労しないよ! とにかく銃声でおどかして! 弓矢とかよりましだから!」


 弓矢。弓矢か。

 それなら多少の心得こころえがある。


 手元を見る。弾丸を主体として動作を分解すれば、薬室やくしつが支点、銃口が作用点、銃把じゅうはから持ち手の肩までが力点だ。


 支点から力点までに結節けっせつが多く、距離も長い。


 銃を左手に持ち替え、右手で左手首を固定する。ひじを伸ばし、力点から支点、支点から作用点までを一直線に整える。


 上下動を肩、左右の旋回せんかいを腹部に限定すれば、これでほぼ弓矢と同じになる。


 引き金をしぼる。引くではなく、しぼる。


 アルメキア兵士の一人が、脚を押さえて倒れた。


 肩を狙ったのだが、さすがに、これ以上は専門の訓練が必要だった。みぞおち辺りを狙っていれば、どこかには当たるだろう。


 バララエフ中尉が驚愕きょうがくの目を向けてくる。


 そう、有色人種も蛮族ばんぞくではないのだ。見直して良い。


揚陸艇ようりくていの上に車両が見えます。あれを降ろされる前に、できるだけ蹴散けちらしましょう」


蛮族ばんぞくになった気分だよ!」


 おかしい。充分、知的なところを見せたはずだが、世の男性の総体的な評価基準とは、こんなものか。


 機会があったら、全生命の集合知しゅうごうちを問いつめてみよう。

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