49.御免こうむります

 ユッティが、また肩をすくめた。


「だってさ。どうする? ジゼル」


「そうですね……バララエフ中尉の軽口かるくちはともかくとして、情報には、無視できないものがありますね」


「あれ? 俺、誠心誠意せいしんせいいしゃべったよ?」


 西のカラヴィナ戦線でロセリア、シャハナを相手にしている以上、東南のマリエラ方面にアルメキアが進撃してくる危険性は、可能な限り排除しなければならない。


 環極北地方国家群かんきょくほくちほうこっかぐんの間にも、フェルネラント壊滅後を見越したものだろう、すでに対立構造と足並みの乱れがある。


 乗じるすきがある。


 バララエフがさりなく提供した、最大の確定情報だ。


 世界革命などという、既存きそんの体制をひっくり返す政治理念が、原因の一端かも知れない。


 ウルリッヒ=フリードやアルフレート=クロイツェルの理想と行動が、巡り巡ってフェルネラントにとっての敵失てきしつになったと考えれば、運命の数奇すうきを感じざるを得なかった。


 ユッティもマリリもうなずいた。ジゼルが決断する。


「申し出を受けましょう。ヒューゲルデン様も、よろしいですね」


「よろしいな! これで対アルメキア三国軍事同盟、ついでにお宝捜索隊たからそうさくたい結成けっせいだ! そうと決まれば結成祝けっせいいわいだ、浜焼はまやきだな。炭火とあみと、麦酒はたるで並べるか!」


 マリネシア海軍の男達が歓声を上げて、準備のために駆け出した。


 襲いかかって来た時よりも、よっぽど速い。もちろん、先頭はユッティだ。


 ジゼルが、あきれた顔をした。


「また飲まれるのですか」


「さっきは、おまえさんがぶち壊したんだろう。あんなのは飲んだ内に入らないさ」


「ジル! 二人っきりで飲もう! あっちの岩場とか、もうすぐ綺麗な夕日が見られるぞ!」


御免ごめんこうむります」


 めいめいに、勝手なことを言い始める。後はもう、昼食のかたきを夕食に取る、という勢いだった。


 バララエフがあれこれとジゼルにつきまとうので、カザロフスキーが、ユッティとヒューゲルデンに捕まった。


 ヒューゲルデンは底の抜けたような大酒飲みで、よく笑い、よく叩く。ユッティもユッティで、飲むほどに話が難しく、細かく、脈絡みゃくらくがなくなっていく。


 あちこちで楽器がかき鳴らされ、一緒になって歌って、飲んで、踊って、飲む。一番星が光る頃には、すでに収集のつかない有り様だった。


 人間達に負けず食べ、遊び疲れて眠るメルルを胸に乗せ、マリリが仰向けに寝転んだ。


 砂浜が受け止める。


 隣でリントも、空を見上げる。視界を埋めた空は、群青ぐんじょうむらさきが溶け合っていた。


「私を、腹立たしく思っているか」


 ナドルシャーンが横に立ち、マリリに声をかけた。視線は合わせなかった。


 マリリが腕で顔を隠す。呼吸で、胸が上下した。


「おまえがうらやましい……にくい、ねたましい……うらやましい……」


「そうだろうな」


「ここは、良い国だ……皆、穏やかで、幸福だ。どうして……こんなに、違うんだ……?」


「イスハバートのことは聞いている。辛酸しんさん、と言うのもはばかられるな。本当は今すぐにでも、かたきを討たせてやりたいが……すまない」


 マリリが腕を解いて、驚いたようにナドルシャーンを見た。見上げて、少し考えて、そして微笑んだ。


「ジゼル様が、私の分まで暴れてくれたからな。その気遣きづかいを、無下むげにはできないさ」


 今度はナドルシャーンが、驚いたようにマリリを見た。マリリは両腕を広げて、ゆっくりと深呼吸をした。


「おまえを……おまえ達を、誤解していた。武器を持って血を流すだけが、戦いじゃない。考えることも……戦いなのだな。保護領ほごりょうだろうとなんだろうと、今、この国に確かにある幸福は、おまえ達の戦いの結果だ。それは、誇っていいものだ」


 ナドルシャーンが唇をかみしめた。マリリの言葉が、どれだけの葛藤かっとうつむぎ出されたものか、わからないはずがなかった。


 マリリの、深い緑の瞳が、星空を映してまたたいた。


「父は、選択を間違えた。多くの人を死なせた……苦しめた。憎まれても、うらまれても当然だ。だが、なにが正しい選択か、わかるはずもない闇の中で……考えて、迷って、苦しんで……それでも、選択する責任を果たした。私だけは、そのことを知っている。今はそれでいい」


 メルルが目を覚まし、身体を伸ばして、マリリのほおをなめた。マリリは、メルルを抱きとめながら立ち上がった。


 ナドルシャーンをまっすぐに見た。


「八つ当たりをして悪かった。イスハバートの王女、ラスマリリ=カラハルだ。いつか私もイスハバートを、ここと同じような、幸福な国にして見せる。づらかかせてやるぞ、お兄様」


「……マリネシアの皇統こうとうせいはない。ただのナドルシャーンだ。おまえの兄でもないが……まあ、構わん」


 お互いに、笑みを交わした。


 メルルが、するりと、マリリの肩から頭の上に登った。満足そうな目の高さが、ナドルシャーンと並んでいた。

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