48.俺達だけじゃないさ

 食堂の片付け、壊れたたく椅子いすの修理、床の掃除など、関係者全員でとりかかってもかたむいた。


 マリネシア本島は南北にやや伸びた突端とったんを持つため、南海岸からは、海に登るも沈むも見える。


 かたむいたと言ってもまだ充分に明るく、暑い。


 しるまみれになった二人は当然として、ジゼル達も労働の汗をかいたため、そろいもそろって海岸に出ることになった。


 無論、ユッティの発案だ。


 ジゼルとマリリの水着まで、しっかり持って来ていたのもさることながら、お互い武器の不所持を明確にしないと話もできない、という主張には、立派な説得力があった。


 三人は華やかな水着姿で、マリネシア海軍とナドルシャーンまで含めた男達は適当な下着姿で、とにかく色々と海水に流して、白い砂浜に座ったり、寝転んだりした。


 団体の行楽客こうらくきゃくに、見えなくもない。ユッティにうながされて、ジゼルが渋面じゅうめんで、新参の男二人を手で示した。


「私が紹介する筋合いはないのですが……素性すじょういつわられてもややこしいので、仕方ありません。ロセリア帝国陸軍のドミトリー=ネストロヴィチ=カザロフスキー少佐と、イザック=ロマノヴィチ=バララエフ中尉です」


「もう少佐ではない」


 カザロフスキーが、小さな青い目を、じとりと細めた。


「きさま達のせいだ」


「そうそう! こいつ、イスハバートの責任を取らされてさ。降格して中尉、おまけに情報部に転属されて来たんだよ。同格だけど先任だから、俺が指揮官な!」


 バララエフが、突き飛ばす勢いでカザロフスキーの肩を叩く。心底、愉快そうだ。


 上半身をはだけているので、並ぶとバララエフの骨格も筋肉も、ことさら太く見えた。


「はっはっは! 特進なら聞いたことあるが、二階級の降格なんてあるのかね? おまえさん、意外とおもしろい奴だなあ!」


 反対の隣で、ヒューゲルデンが大笑いする。こちらはこちらで、鉄のたるのような筋肉のかたまりだった。


「ええと、では……カザロフスキー中尉」


「中尉と呼ぶな!」


「どうしろと言うのです」


 ジゼルが眉根まゆねを寄せる。話が進まない。ユッティが肩をすくめて、後を受けた。


「つまり、ひげが言ってた、お宝のうわさに受けて情報部を動かしたおめでたい国って、ロセリアだったのね」


「俺達だけじゃないさ。宮殿に赤毛の優男やさおとこがいただろう? あいつは同業だよ、アルメキア共和国の諜報員さ」


 また、大仰おうぎょうな名前が出たものだ。集合知しゅうごうちの情報を整理する。


 アルメキア共和国は、フェルネラント帝国や、ロセリア帝国のあるオルレア大陸から大洋たいようをはさんで、向かい合うように南北に伸びるアルティカ大陸北方の、ほぼ全域を占める大国だ。


 元はオルレア大陸からの移民の開拓地だったが、先住の有色人種を虐殺ぎゃくさつ奴隷化どれいかして、広大な自国領内で植民地同様の白色人種支配を確立、帝国ではなく共和国を称した。


 豊富な資源と労働力を搾取さくしゅし、環極北地方国家群かんきょくほくちほうこっかぐんの中では新興しんこうだが、ロセリア帝国に比肩するほどの国勢こくせいを誇っていた。


 ナドルシャーン皇子おうじにフェルネラント帝国が、ルシェルティ皇女おうじょにアルメキア共和国が、ヒューゲルデン海軍将軍かいぐんしょうぐんにロセリア帝国が、それぞれつながって、秘宝のうわさに釣られて全員集合となったわけだ。


 ことここに至ると、冗談で済ましてもいられない。


「ちょっと、お兄様、どういうことよ? 本当に宝石以外、お宝っぽいものに心当たりないわけ?」


「知らん。こっちが聞きたいぐらいだ」


 ユッティとナドルシャーン、そしてジゼルも、困惑した目を見合わせる。


「戦局の行く末を左右する力、というのも、笑っていられなくなりましたね」


 ジゼルが、ふとヒューゲルデンをにらむ。


「ところで、ロセリア帝国の情報部に通じているとなると、ヒューゲルデン様も世界革命とやらを信奉しんぼうなされているのでしょうか」


「いや。そんな絵空事えそらごとに、興味はないな」


「なんだとっ?」


 今度はカザロフスキーがいきり立った。


「きさま、今さらなにをとぼけている! 軍事政変も革命だ! 旧時代の体制にしいたげられた、人民の解放だ!」


「周りを見てものを言いなよ。ここの連中の誰が、しいたげられたって顔をしてるんだ?」


「無知な人民を指導するのも我々の使命だ! 旧支配階級を打倒し、粛清しゅくせいし、我々の理想を示せば、必ず人民は……」


 御高説ごこうせつが止まった。


 マリネシア海軍の面々が、それまでとはまったく違う顔つきになっていた。感情を殺した、冷たい目でカザロフスキーを見据みすえている。


 筋肉の強張こわばりや、姿勢のわずかな変化、いわゆる殺気とされる情報だ。


「だから、周りを見てものを言え、ってんだ。この国で……いや、このマリエラの海で、マリネシアの皇統こうとうしいたてまつろうなんて考えてたら、魚のえさにもなれやしないぞ」


「だ……だが、きさまは……我が国に、後ろ盾を……」


「そりゃあ、この御時勢ごじせいに独立を通そうとすりゃ、知恵も出すさ。ロセリアは適当に遠いからな。フェルネラントが手を引こうってんなら、当てつけにも都合が良かったのさ」


 ヒューゲルデンが、薄笑いのまま、カザロフスキーをにらんだ。


「けどな。それもこれもマリネシアの国と皇統を、くだらねえ戦争騒ぎから守るためだ。人民の解放もけっこうだが、この国には合わない。悪いことは言わないよ、余所よそでやりな」


「そうだなあ! 確かに、こんなのどかな国に革命なんて似合わない。ジル達が出て来たってことは、フェルネラントもおとなしく手を引く気じゃないだろうし、お宝探しも本格的におもしろくなってきたし、なあ!」


 バララエフがまた、突き飛ばす勢いでカザロフスキーの肩を叩く。そしてヒューゲルデンと、目線を交わした。


「将来の話は置いといて、今はとにかく手を組まないか? 女をたぶらかすしか能のないあの優男が、一人で行動しているわけないぞ。アルメキア軍が動き始めているはずだ。ひょっとしたら、どこかにもう上陸しているかも知れない。戦争に乗じてアルメキアが勢力を伸ばすのは、俺達ロセリアにとっても、上手うまくない話なんだ」


 フェルネラントの出方次第では、今、この場のロセリアは用済みになる。確定情報ではないが第三勢力の影をちらつかせて、対立構造を素早く調節する。


 さすがの交渉術こうしょうじゅつだった。

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