47.女性が黒と言えば黒なのです

 ジゼルが、ため息のようなものをつく。


「お兄様も御公認ごこうにん反政権活動はんせいけんかつどうなのですね」


「この程度でとがめだてする気もないが、公認した覚えもない」


「しかし、出くわしたのがウルリッヒ坊やのところのじょうちゃんってのにもたまげたが、腕の上がりっぷりにもたまげたもんだ! そっちの小さいじょうちゃんにも、恐れ入った! こりゃあ、あのひげの皇子さんも、なにかしら本気でやらかすつもりかね?」


「小さいは余計だ」


「可愛らしいってことよ、マリリちゃん! まあ、その辺は、あたしらにもはっきりしないわ。とりあえず、宝探ししとけって言われてるけど」


「ほう、おまえさん達もか」


 ヒューゲルデンのまゆが上がるのと、耳障みみざわりなわめき声が重なった。


「戻って来てるなら知らせろ! こんな場所で、いつまで待たせる気だ! きさま達、本気で我々に協力する気が……」


 短い金髪に少しせたほお、小さな青い目の男だった。くたびれた上下を汗で湿しめらせている。


 ヒューゲルデンの横に無遠慮に割り込んで来て、ジゼルと目が合った。


 ヒューゲルデンが男のそでを引き倒し、ゆがんだ顔を料理に突っ込ませたのと、ジゼルの抜き打ちがくうを斬ったのが同時だった。


 ジゼルの目が、少し驚いている。剣速けんそくの速い小太刀を使った、なしの、本気の抜き打ちだった。


「なんだ、こっちとも知り合いか?」


「ここで会ったが百年目、というものです」


 一呼吸、右片手上段に切っ先を上げる。だいぶ危険な状態だ。


「まさかあの時、殺し損ねていたとは不覚……あなたには、この風切かざきばね粗雑そざつに扱われた恨みがあります」


「ちょ、ちょっと……余所様よそさまの庭だってば、さ」


「それから、貞操ていそううばわれた恨みも」


「なんでそっちが後なのよ?」


「う、嘘だっ! そこまでしていないっ!」


 男が、しるまみれの顔で抗議した。


「見苦しいですよ。こういう場合、女性が黒と言えば黒なのです」


「横暴だぞっ!」


「聞く耳を持ちません」


 剣閃けんせんが、まっすぐ落ちる途中で、横に飛んだ。


 首元ぎりぎりで、自動拳銃がジゼルの小太刀を受け止めた。受け止めた銃身下部に、幅広の小刀しょうとうがついている、珍しい銃剣じゅうけんだ。


 大柄おおがらな身体をひっくり返りそうにさせながら、バララエフが、それでも軽薄けいはくな笑顔を見せた。


「や、やあ、ジル……元気そうだな。嬉しいよ……」


かばいだてなさいますか」


「そりゃあ……まあ、な……」


 ジゼルが嘆息たんそくして、小太刀を納めた。ユッティが頭を抱えた。納めたその手で、ジゼルが大太刀をすっぱ抜いた。


「そんなおもちゃで、この水薙みずなどりは受け切れませんよ」


「優雅な、名前だね……」


 それだけ言うのが精一杯だったようだ。


 汁まみれの男を蹴飛けとばして、バララエフが床を転がった。波打つ金髪が、かなりまとめて斬り散らされた。


 周囲の客も、仰天して逃げ惑う。


 名前の通り、波間なみまを飛ぶ水鳥みずどりのように、大太刀が縦横無尽の軌跡を描く。倒れた椅子いすが、たくの端が、次々と鋭利な切断面をさらした。


 バララエフ達も、見かけによらずよく避けた。


 だが、自分の間合いで、狙う、撃つの二動作を許すジゼルではない。ついには男もバララエフも、同じように全身汁まみれで、団子だんごになった。


 大太刀が、これ見よがしに天井を指した。


 その天井に、三発の銃弾が、でたらめに撃ち込まれた。


「その辺で、勘弁かんべんしておいてくれないか? 一応は、俺の客なんだよ」


 ヒューゲルデンが、自動拳銃を真上に向けていた。


 我に返って、男が汁まみれの上着をまさぐっているところを見ると、どこかの段階ですり取っていたらしい。さすがに、油断のならない老人だった。


 ジゼルが、本当に不承不承ふしょうぶしょうと、大太刀を納めた。


「貸し、ということにしておきましょう」


「きっちりしてるなあ。そんな固い尻じゃあ、将来、敷かれる男の身がもたないぞ?」


 ヒューゲルデンがことさら大声で笑ったが、呆然とした周りの客も含めて、他の誰一人として笑わなかった。

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