46.ごたごた増やしてんじゃないのさ

 マリネシア海軍本営かいぐんほんえい本島ほんとうの南海岸に面した、軍港も建物も立派なものだった。


 ただ、船は、古びた小さな駆逐艦くちくかんが一隻あるだけだ。


 申し訳程度でも軍服を着ている人間はまばらで、むしろ漁師の方が多く、空いた埠頭ふとうにも漁船が停泊ていはくしていた。


「少し前まで、フェルネラント帝国海軍が駐留ちゅうりゅうしていたんだがな。戦争の大義名分に都合が悪くなって、隣の属領ぞくりょうまで引き上げちまったのさ」


 復興支援ふっこうしえん治安維持ちあんいじなどの言い訳がある陸軍と違って、海軍、特に戦闘艦艇せんとうかんていは純粋な大規模攻撃兵力だいきぼこうげきへいりょくとみなされる。


 建前たてまえを気にするのも、やむなしと言えるだろう。


「だからデンさんは、マリネシアのために残った、ってわけ?」


 ユッティが、ヒューゲルデンを適当に省略する。本人も、特に気にした様子もなく、答えた。


「そんな格好つけたもんじゃない。軍港も施設も、俺達が一から指図さしずして作らせたからな、家みたいなもんさ。捨てろ、なんて簡単に言われたら、腹も立つだろう?」


 感情の是非ぜひは置くとして、駆逐艦を占拠せんきょして軍港に居座いすわり、そのまま現地へ亡命してしまった、となると尋常じんじょうではない。


 明確な犯罪行為だった。


 それでも後日、駆逐艦は正式にマリネシアに譲渡じょうとされ、ヒューゲルデンは海軍を退役したことになり、男爵家も代替わりして何事もなく継続となった。


 表立おもてだって賞賛はできないが、この人物の破天荒はてんこうな行動に共感し、無理を通した者達が多くいたということだ。


 フェルネラント帝国海軍は、海洋国家として交易路こうえきろの安定確保を存在目的とする近代以前の慣例かんれいから、戦闘経験は海賊紛かいぞくまがいの私掠船しりゃくせんを相手にしたものがおもだった。


 捕らえられれば死刑が当然なのだから、死ぬまで戦う殲滅戦せんめつせんになることも多い。


 そして最新式の巡洋艦ならともかく、古く小さい戦闘艦艇に、十分な救命装備はない。敵味方を問わず、船が沈めば、乗っていたほぼ全員が死んだ。


 多くの敵を殺し、少なくない味方を死なせた。


 皆殺しの渾名あだなは、そうした海軍生かいぐんはきの戦歴に、畏怖いふを込められたものだろう。


「一階の食堂は、漁師達の女房に使ってもらってる。美味うまい魚が食えるぞ、麦酒もある」


「いいね、いいね! 昼には少し早いけど、積もる話はそこでしようよ!」


 意気投合するヒューゲルデンとユッティに、ジゼルとマリリは苦笑して、ナドルシャーンは肩をすくめて了承した。


 食堂は、すでに多くの客で賑わっていた。


 言うだけあって新鮮な魚介類が並び、生の薄切りもある。リントもメルルも、満足しているようだった。


「それで結局、さっきの騒ぎはなんだったのよ?」


 早速、麦酒の杯を空にして、ユッティが向かい合ったヒューゲルデンにからむ。


 ヒューゲルデンも年甲斐としがいもなく、一息に麦酒の杯を空けて笑った。


皇子おうじさんが言ってたろう。俺達はマリネシアの軍事政変をたくらんで、日々、説得の機会を狙っているのさ。若いのに気苦労の多い皇子さんから、せめて政治のごたごたくらい、取り上げてやりたくってなあ」


「ごたごた増やしてんじゃないのさ」


「そいつは、ちと了見が狭いな。世界中が戦争おっぱじめようって時に、お偉いさんなんてやってたって、ろくなことないぞ? とっとと尻まくって、兄妹仲良く隠居しちまう方がよっぽど良いさ」


心遣こころづかいはありがたいが、それは無法というものだ」


 しかめっぱなしの顔で、ナドルシャーンも麦酒を空ける。


 ジゼルとマリリは、やれやれといった表情で、果汁飲料を口に運んだ。


 一応は警戒して、ユッティとナドルシャーンを挟み、たく両側面りょうそくめんにジゼルとマリリが座っている。


 ヒューゲルデン側は一人だが、何しろ横幅が横幅だから、あまりかたよった印象になっていない。


「ついでに言えば、この国をほっぽり出す気でいるフェルネラントが、今さら誰を、なにしに寄越よこしたのかと思ってな。ちょっとおどかしてやるつもりが、いや、面目めんぼくない。こりゃあ、みっちりきたえ直しだな」


 周囲のたくの、あざだらけの男達が、恐々きょうきょうと肩をすくめた。


 ナドルシャーンはヒューゲルデンを、将軍と呼んでいた。海軍をあずけているのだろう。


 国事としてのエトヴァルト来訪も、聞いていておかしくはない。その上でこの騒ぎなのだから、破天荒はてんこうは健在のようだった。

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