44.どうぞお気遣いなく

 翌早朝よくそうちょう、エトヴァルトは疲れた顔で、来訪らいほうした時と同じフェルネラント帝国海軍の巡洋艦じゅんようかんに乗って帰国した。


 朝食後、島の探索たんさくに車と案内人の手配を頼んでおいたのだが、しばらく待って現れたのはナドルシャーン本人だった。


 黒髪を丁寧ていねいい上げて陽除ひよけの頭巾ずきんかぶり、緑灰色りょくかいしょくの半袖の軍服を着て、古びた軍用車を一人で運転して来たので、最初はそうとわからなかった。


来賓らいひんの接待は皇族こうぞくの仕事だ。好きに使え」


「いや、でも……お兄様?」


「誰がおまえの兄だ」


 ユッティの大雑把おおざっぱな二人称に、ナドルシャーンがまゆをしかめた。


旧態依然きゅうたいいぜんの国だが、平時へいじの政務くらい、臣下だけで回せている。私が一番の暇人ひまじんだ。心配するな」


「心配ってわけじゃないんだけど……あたし達、ひげから、うわさの宝探しを命令されてるのよ。率直に言って、あんたには都合が悪いんじゃないの?」


「マリネシアの星か。浜辺の騒ぎの原因だったらしいな。偶然ではあるのだろうが、驚かされた」


 ひたいに手をあてて、嘆息たんそくする。


「こういう偶然は得てして、事態が動く前兆ぜんちょうであったりするものだ。父には悪いが、結局、あってもなくても状況は変わらなかった。いっそ拾得物しゅうとくぶつとして、フェルネラントだろうがカラヴィナだろうが、持って帰っても構わん」


 ジゼルもユッティも、唖然とした。


 マリリは興味もなさそうに、肩に乗せたメルルをなでていた。


「つまらなかったな。冗談だ」


「冗談、ねえ……冗談にできるくらいなら、こっちとしてもやりやすいけどさ。それじゃあ、まあ、よろしく頼むわ。お兄様」


「だから、誰がおまえの兄だ」


「その感じも良いよね! なに、ひげがいなくなったら、けっこう話せるようになったじゃない?」


無様ぶざまな兄妹げんかを見られたからな。見栄をはる気も失せた」


 ナドルシャーンが苦笑して運転席に座ると、隣にユッティが座った。


 昨日と同じ水着に腰履こしばき、眼鏡めがねは少し色のついたものをかけていた。


 ナドルシャーンの後ろにジゼルが座る。


 砂色の略式軽装だが、新調した腰帯の左側には、上に小太刀、下に大太刀、抜刀ばっとうさわりにならないよう小太刀のの長さだけ大太刀を前に出した連段佩れんだんばきで吊るしていた。


 少し位置をずらせば、座っていても刀身を立てることができ、乗車のさまたげにならない。執念しゅうねんのようなものが感じられる。


 さすがに、ナドルシャーンも奇異の目を向けた。


「それは、フェルネラント帝国陸軍で標準的な装備なのか?」


「私物のようなものです。どうぞお気遣きづかいなく、お兄様」


「おまえの兄でもない」


 またまゆをしかめるナドルシャーンを尻目に、マリリがジゼルの隣に座る。


 同じ砂色の略式軽装で、腰帯には拳銃とてのひらほどの小刀しょうとうを装備している。


 応答するが口数は少なく、景色をよく見ている。ジゼルは微笑むだけだった。


 最後にリントとメルルが乗って、軍用車が走り出す。ほろを畳んでいるので、陽光と、心地良い風が吹き抜ける。


 風はカラヴィナとは違い、果実よりしおと、熱帯性森林ねったいせいしんりんの草木の匂いが濃い。空は雲一つなく晴れ渡り、いつ見ても天頂てんちょうにあるようだ。


 歩いている人々の表情も、総じて明るい。


 男も女も浅黒い肌を露出した、簡素だが色彩の派手な民族衣装で、驚くべきことにユッティの格好が目立たない。


 貝殻かいがらを加工した飾りを多く身に着けて、小奇麗こぎれいだ。


 物品を売り買いする者も、農機具をかついでいる者も、大人達はどこかのんびりとしている。


 基礎課程の学校にでも通うのだろう、集団で移動する子供達の方が忙しそうだった。


 道路や新しい建物の造りは、カラヴィナと良く似ていた。


 同じ技術で指導されたのだから当然だ。古い家などは木造りの質素なものが多く、土は白く乾いていた。


 人に混じって、小型の鳥類も多く見られた。中にはほとんど飛ばず、警戒の様子もなく、道端で小虫をついばんでいる種類もいた。


 海猫うみねこ水鳥みずどりの一種で、海上を飛びながら魚などを捕らえて食べ、沿岸部の岩礁がんしょうや草原に集団繁殖地を形成する。


 天敵となる捕食者はいないようだが、それなりに大型の野生動物なのだから、人間の生活圏からは距離を置いているだろう。


 森の端、切り立った崖で海に面しているような地形で、植生しょくせいが薄く小動物に卵を狙われにくいこと、が条件になる。


「くわしいな」


「こう見えて博覧強記はくらんきょうきよ、あたし」


 いぶかしむナドルシャーンを、ユッティが強引さで押し通す。


「そこまで確定できているなら、心当たりも幾つかある。少し森を歩く必要もあるが」


「問題ありません。こう見えて、人喰ひとくやまの魔女と呼ばれた私達です」


 今度はジゼルが、得意げに鼻を鳴らした。複数形で巻き込んでいることに、多分、悪意はない。


 さほど待つでもなく、ナドルシャーンが軍用車を止めた。


 道路脇に広がる森は、緑が濃くしげっていたが、土質が違うのだろう。イスハリに連なる山野部のような、入るものを拒絶する、底知れない暗さはなかった。


 豪語した通り、ジゼルとマリリにとっては何ほどのものでもない。


 ユッティは、まあ数歩ごとに文句を言っていたが、意外と面倒見の良いナドルシャーンに押されたり引かれたりして、どうにか森を抜けた。


 抜けた先は、景色が開けていた。


 岩礁がんしょうの浮かぶ海の彼方で、水平線と空が交わっている。足元は、丈の低い草がまばらに生えた岩場だ。


 そして見渡す限り、木のえだ枯草かれくさを組んだ皿状の巣が並び、海猫うみねこの群れであふれていた。

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