43.最愛の妹よ

 ナドルシャーンが、ひたいに手を当てた。


 膝裏ひざうらに届く黒髪をなびかせて、ルシェルティがナドルシャーンに詰め寄った。


「他国の人間にマリネシアの星のことを話すなど、どのような了見りょうけんですかっ?」


 剣呑けんのんに顔をしかめて、こころなしか、浅黒い肌が上気じょうきしている。


 衣装はナドルシャーンと同じ、紺碧こんぺき金糸きんし縁取ふちどりした盛装だ。


 ナドルシャーンもまた、剣呑けんのんに顔をしかめた。


「たかが宝石一つ、それも管理不行かんりふゆとどきで紛失ふんしつした程度の代物しろものだ。了見もなにもあるか」


「マリネシアの星は、我が皇統こうとうの秘宝! なぜそれを、ことさらおとしめようとなされますっ?」


「おまえとの争いの種になっているからだ」


 ナドルシャーンが、あてつけるようにエトヴァルトに頭を下げた。


「マリネシアの星は慣例的かんれいてきに、皇帝位継承こうていいけいしょうあかしとされてきたのです。そのため、先に見つけ出した方が次の皇帝だ、などとふざけた騒ぎに、臣民までが浮足立つ始末……前時代的もはなはだしく、重ねてお恥ずかしい限りです」


「マリネシア皇帝位は、他国など及びもつかない古代から継承される、至尊しそんたる皇統です! お兄様も、第一位の皇帝位継承権者として、その誇りくらいお示し下さい! 他国の者にやすやすとこうべを垂れるなど、おやめ下さい!」


「正直に申し上げて、このような争いのは、以前から現れておりました。継承権の順位を跳び越そうと思えば、宮殿の秘宝を手に入れれば良い……そんな我ら兄妹を見かねた父、先代皇帝が半年前、鳥の首にくくりつけて、退位宣言と同時に飛ばしてしまわれたのです」


 ジゼルとユッティ、マリリが目を見合わせた。


 三人の内の誰かは特定できないが、すさまじく運が強いらしい。


 目指す秘宝が何たるかは保留するとして、有力候補には接触済みのようだ。


「ルシェルティ、私はおまえを愛している。誰になにを言われようと、おまえと静かに暮らすことができれば、それにまさる望みはない」


「……っ!」


「そして政治には、政治の現実がある。我らのような小国が独立などし直したところで、今の状態でいるより早く、確実に、白色人種に攻め滅ぼされるだけだ。空疎くうそな精神論で自国民を死地に追いやるなど、政治ではない」


 言葉の流れだまが、エトヴァルトを直撃した。


 ナドルシャーンの表情は深沈しんちんとして、諦観ていかんとも言える、ゆるがなさがあった。


「皇統など、このまま空の彼方に消えてしまった方が良い。理解しろとは言わない……ただ、伝えるだけは伝えておきたかったのだ。最愛の妹よ」


 ナドルシャーンがルシェルティに背を向けて、杯を飲み干した。


 そして初めて気がついたように、酒でないことを苦々しく思ったように、目をゆがめた。


「お兄様……お兄様が、そんな風だから……私は……っ!」


 ルシェルティもまた、目をゆがませて走り去った。


 もう一度追うべきか、とメルルが尻尾で問いかけたが、いかんせん、ことの成り行きに誰も整理が追いついていなかった。


 ジゼルもユッティもマリリも、エトヴァルトを見た。責任者が場をまとめろ、と言わんばかりだ。


「ええと、その……」


「ああ、申し訳ありません。マリネシアの星がどのような宝石か、でしたね。蒼玉そうぎょくです。大きさは、そうですね……そちらの飼い猫の瞳ほど、光を受けて六条ろくじょうの星が浮かぶ、星蒼玉せいそうぎょくという石ですよ」


 ナドルシャーンの言葉に、リントが、にゃあ、と鳴いた。


 人間の複雑で無意味な事情にはもう慣れた、と、いて訳せば言っていた。

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