40.表層脂肪の魅力は充分であったと

 集合知しゅうごうちの情報を整理する。


 マリネシア皇国は、東西に20000を超える島嶼とうしょからなるマリエラ群島ぐんとうの、東端に位置する島国だ。


 君主は、かつては群島に散らばる諸部族しょぶぞくの王を束ねる、という意味で皇帝をかんしていたが、群島がフェルネラント帝国の属領となり、マリネシア皇国も保護領の扱いとなっている今では、まあ、名ばかりと言えた。


 それでもマリネシア本島を含むマリエラ群島の主要な島々は、広大な熱帯性の森林と充分な耕作可能面積こうさくかのうめんせきを持ち、水産資源も豊富だった。


 また、フェルネラントによる近年の地質学調査では、群島全域で鉄鉱石を始めとする鉱物資源や、化石燃料の採掘可能性がげられている。


 潜在的せんざいてきな力は大きいだろう。


「ですが、残念ながら、健康的な女性の魅力で自由のすばらしさに目覚めて頂こうという作戦は、失敗に終わりました」


「さ、作戦だったんですか、あれ……?」


「言わんとするところは、わかる気もするわよ? 確かに女のはだかは、人類文化的には、まあ、世界共通で自由と解放の象徴だからね」


 夕刻、外はまだ明るい。


 宿泊している迎賓館げいひんかんの一室で、エトヴァルト、マリリ、ユッティ、そしてジゼルが、思い思いに座って反省会をしていた。


 ジゼルとマリリは砂色の略式軽装りゃくしきけいそうに着替えているが、ユッティは気に入ったのか、昼間の水着に腰履こしばきをしているだけだ。


 豊かな胸のふくらみを一瞥いちべつして、ジゼルが、なぜかこちらをにらんできた。リントがあくびをする。


「それでは、裸体らたいでなかったために魅力を欠いた、ということでしょうか」


一概いちがいには言えないだろう。まず、過去のどんな独裁者であっても、国のり方を女体だけで左右した明確な事例はない」


「明確でなければ、あるのですね」


いて言っても、遠因えんいんの一つという程度だ。いずれにしろ緻密ちみつとは言いがたい作戦内容の問題であって、魅力に失敗要因を探ることは、適切ではない」


「つまり、耐衝撃性と継戦能力けいせんのうりょくの観点を除いても、表層脂肪の魅力は充分であったと、認識を改めるわけですね」


「謝罪する」


「許します」


「あー、もう! 痴話ちわげんかも仲直りも、今しないでよ」


「途中が聞こえないので想像でおぎないますが……まあ、僕の責任にすることは間違いありません、はい」


「不思議と無責任っぽいです、エトヴァルト様……」


 話がだいぶ脇道にそれたが、とにかくフェルネラント帝国の戦略としては、周辺地域を精神的にまとめることが可能で、将来的な国力の発展も見込めるマリネシア皇国には、南海方面の自由独立の旗手きしゅとして早いところ保護領の立場を出てもらいたいのだ。


 軍事力にものを言わせて群島を属領化、保護領化しておいて勝手なことを、と言わば言え、だ。


 まったく、相手の都合など考えてはいられない。


「けれど……理解できません。自由と独立は、すべての民族が悲願とするものではないのでしょうか?」


「マリリちゃんは素直よね……ま、ぶっちゃけ、うまみがないのよ。うちの属領経営は気前が良いからねえ。わざわざ危険をおかして独立なんてしなくても、ってことでしょ」


「ユッティさんの言い方はともかく、よらば大樹たいじゅのかげ、というのも一面の真理です。フェルネラント帝国の一部として民族の生き残りをはかる……そういう考え方もありますよ」


 それならそれとして、他国の植民地と同様、資源と労働力を搾取さくしゅしてフェルネラント本国の軍事力を拡充すれば、当面の展開は有利に運ぶ。


 だが、フェルネラント帝国の勢力圏以外せいりょくけんいがいがすべて白色人種に征服されている現状で、ただ一国が全世界を相手に、同じ帝国主義の盤上ばんじょうで戦い続けても、最終的な勝ちはないだろう。

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