第三章 マリエラ晴嵐編

38.遊んで来ればよろしいのに

 明るく晴れ渡った天頂てんちょうから、陽光ようこうが白い砂浜を照らしている。


 正確には、沖合いから運ばれてきた珊瑚礁さんごしょう貝殻かいがらのかけらの堆積たいせきだ。


 波は穏やかで透明度も高く、水平線まで鮮やかな紺碧こんぺきの海が広がっていた。


「気持ち良いですよ。あなたも、遊んで来ればよろしいのに」


「リントが断固拒否をうったえている。やむを得まい」


 い上げた黒髪と、黄色人種にしては白い肌に水滴を光らせて、ジゼルが砂浜に腰を下ろした。


 猫として当然だ、と言わんばかりに、リントがあくびでこたえる。


 ユッティ、マリリと一緒に波打ちぎわではしゃいでいるメルルの方が、恐らくは珍しいのだろう。


 三人とも、伸縮性、撥水性はっすいせいの高い布地で構成された、水着という衣類を着用している。


 フェルネラント帝国旗に使われる白、赤、金の三色で花模様がいろどられた、下着のような形状だ。


 左胸の部分に、猫を戯画化ぎがかした猫魔女隊の部隊徽章ぶたいきしょうがある。


 いつもとほとんど変わらないユッティは堂々としているが、ジゼルは何か気にするところがあるのか、少ない布地のあちこちに手をあてたり、引っ張ったりしていた。


「筋肉組織の痛覚は鋭い。耐衝撃性に継戦能力けいせんのうりょくの観点も加えれば、表層脂肪の蓄積ちくせきは悪いことではない」


「わかっているつもりでしたが……切ないですね」


「文脈が理解できないが」


 ジゼルの口の端が下がる。にやにや笑いながらユッティが、頭にメルルを乗せながらマリリが、海から上がって来た。


「そんなの、ない物ねだりの究極よね。たましいは肉体のしもべなんだから、仕方ないじゃない。男も女も大体、下半身でもの考えてるでしょうよ」


「じょ、女性もですか?」


「マリリちゃんも、その内わかるわよぉ。こう、下から上まで、ぬるっと突き抜けるような」


「先生」


 ジゼルの目線の先、少し離れた木陰に座っているエトヴァルトが、苦笑していた。


 声の届かない距離ではない。隣の椅子いすに並んでもう一人、若い男が座っていた。


 背中にまっすぐ流れた黒髪とあおい瞳、彫りの深い端正たんせいな顔立ちに、目じりをいろど化粧けしょうがよく映えている。


 肌は浅黒く、海と同じ紺碧こんぺきに、金糸きんし縁取ふちどりした盛装だ。


 形だけは立派な陸軍大将の軍服に着られているエトヴァルトより、よほど威厳があった。


「いやあ、穏やかで色彩にあふれた、美しい景色ですね。まさに南海の楽園……このままずっと、こうしていたいものです」


「恐れ入ります」


 エトヴァルトの、取ってつけたような軽口に、男が生真面目きまじめに一礼した。


「ですが所詮しょせん、力を持つ者の楽園です。我々原住民は、付属物に過ぎません」


「そこは、我がフェルネラントに多くの実績があります。法整備、公共設備の敷設しきせつ、教育と医療の充実から軍の近代化まで、一層の支援をお約束しましょう。ナドルシャーン皇子、任せて頂いて結構です」


「もちろん、これまでの御支援に感謝し、またそれ以上に感服しております。国民の利益拡大という一点において、我が皇統こうとうは、あなた方の足元にも及びません。これからの時代は、あなた方のような、実利じつりをもたらす強い指導力だけが求められると考えます」


「それは……考え過ぎの部類ですよ、もう」


 エトヴァルトが、ため息をついた。どことなく手を焼かされている様子に、マリリが首をかしげる。


「エトヴァルト様、難しそうな話をしてますね」


「気にすることないわよ、マリリちゃん。どうせ、ひげが無理を言って、道理ではね返されてるんだから。その内こっちに振って来るわよ」


 水遊びをさせるために、三人とは言え、特務部隊を連れて来ているわけではないだろう。いい加減、やり方にも慣れたものだった。


「まあ、そうでしょうね」


 ジゼルが大きく胸をらし、そのまま寝転んだ。


 砂浜は適度に暖かい。つられて見上げた青空に、白い鳥の群れが飛んでいた。


 その中の一羽が、ジゼルの横に降りてきた。

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