番外編:統合軍司令本部女子会

【41.正義を欲する心があるのなら】の後日、リント視点のお話です。


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 統合軍司令本部とうごうぐんしれいほんぶ敷地内しきちないには、中庭がある。


 背の高い庭木も多く、木漏こもに適度な風も抜け、普段は整備兵達のいこいの場となっているのだが、今日は珍しく隊長権限を振りかざしたジゼルに追い出された。


 そしてユッティ、ヤハクィーネを加えた三人がいそいそと円卓、椅子いす、食器を並べて、穏やかな午後の時を過ごしていた。


「……と、いうようなことがあったのです」


「なによ、それ! すっごい言い寄られてんじゃない! って言うか、しもの方はもう大丈夫なの?」


「そこはあまり、触れないで頂けるとありがたいのですが」


 発酵茶はっこうちゃの香りを楽しみながら、ジゼルが少し、口の端を下げた。


「いや、だって……次にどう使うか、って話でしょ」


 ユッティが、手元の茶請ちゃうけを口に入れる。


 軍施設なので満足な菓子はなく、った木の実を製粉して砂糖と乳脂で煮固にかためた固形保存食を、一口大に切って皿に盛っていた。


 糖分と脂肪分が豊富ほうふ、ではなく、それそのものに近い物体だ。


「お話はうけたまわりましたわ。僭越せんえつながら私としましても、御協力差し上げることに、やぶさかではございません」


「うわ、まじですか、ネーさん」


 ヤハクィーネの返事に、ユッティが難解な顔をする。


 ヤハクィーネは変わらず銀灰色ぎんかいしょくの短い髪と、いかつい顔の男の姿なので、内実ないじつを知らない兵士が見れば、なかなかに奇異きいな光景と受け取るだろう。


「でもさ、それなら話を戻して、そのロセリアの軟派中尉なんぱちゅういはどうなのよ? 向こうにその気があって、神霊核しんれいかくとも同調してそうじゃない。適当にだまして気絶とかさせれば、案外すんなり、こっちと同化させられるかもよ?」


「そういう手段も考えなくはなかったのですが、やはり、人としての道義的にいかがなものかと思いまして」


「斬り殺すのは良くて、乗っ取るのは駄目っていう、その基準が謎よね」


 ジゼル、ユッティ、ヤハクィーネがそろって、固形保存食を口に入れる。すでに結構な分量を消費していた。


「ところでさ、肝心のあんたはどうなのよ?」


「文脈が理解できないが」


 メルルと並んで、円卓の下で半分昼寝をしていたリントが、のぞき込まれて迷惑そうにあくびをした。


「ああ、もう! 誰の話をしてると思ってんの!」


「ジゼルの生殖行為せいしょくこういについての議論と認識している」


「わかってんなら、意見くらい言いなさいよ」


「無論、懐妊かいにん出産しゅっさんにともなう戦力の空白期間は憂慮ゆうりょする。しかし、ことは個体生命の、生存意義の根幹こんかんに関わるものだ。戦時下という現状もかんがみれば、最優先に遂行されることもやむを得ないと考える」


「やっぱりわかってないじゃない!」


 何か応答を間違えたらしい。


 情報を整理し直していると、マリリが血相けっそうを変えて中庭に飛び込んできた。


「ジ、ジ、ジ……ジゼル、様……っ! 私、その……聞いて……っ!」


 メルルが、にゃ、と鳴いた。メルデキントの整備でもしていたのだろう、今までの会話を、大まかに把握はあくしているようだった。


「あら、マリリ。あなたには、まだ少し早いかと思ってましたのに」


「そんな……それじゃあ、本当に……」


 顔を赤くさせたり、青くさせたり、忙しい。


「ジ、ジゼル様が、そこまで思いつめてらしたなんて……申し訳……申し訳ありません! 私のせいで……ジゼル様の……っ」


「顔が可笑おかしいですよ、マリリ」


「私の……私の責任ですっ! せ、せ、責任、責任を取りますっ! 私が……私と……っ!」


「落ち着きなさいよ、マリリちゃん。マリリちゃんじゃ、生殖行為にならないでしょうが」


「そんなことはありませんわよ、ユーディット。確かに厳密な意味での生殖活動、生殖細胞の分裂は始まりませんが、この際、ジゼリエル様のお話の主旨しゅしは、そこにはないと拝察はいさつします」


「それは、まあ……そうですね」


「それならそれで、やりようはあるものですわ。私もずいぶん長く記憶を継承けいしょうしているもので、これまでにいろいろな組み合わせを試しております。すべて一人遊戯ひとりゆうぎになってしまうのが、ややむなしいところですが」


「うわ、まじですか、ネーさん……」


「く、くわ、くわしく! お、教えて頂けますかっ?」


 どうにも騒がしくなってきた。


 メルルが、にゃ、と鳴いて、一足先に立ち去った。なかなか要領ようりょうが良い。


 リントも退散たいさんしようとしたが、円卓の下から出たところを、ジゼルに抱きかかえられてつかまった。


「困りました」


「問題が発生した、ということか」


「いざ現実的に選択肢が増えると、迷います」


 現実的、という言葉は適切ではない気がしたが、言ったところで仕様がない。また口の両端が下がるだけだ。


 身動きが取れず、騒々しい声に辟易へきえきしながら、リントが、にゃあ、と鳴いた。


 そもそも問題点の所在しょざいからしてわからない、と、いて訳せば言っていた。



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 一つ目の話を手直ししている内に思いつきました。輪をかけてひどい話ですね……。

 本編のシリアス成分が多いと、反動なのか、こういうエピソードで登場人物達を遊ばせてやりたくなります。

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