番外編:捕虜の憂鬱
【36.神の許しなど要りません】の直前、ジゼル視点のお話です。
********************
あてがわれた客室で落ち着く頃には、もう夜になっていた。
さすがに気が
予定の時間まで仮眠でもとっておこうかと考えていると、窓の
客室は二階で、中庭に面している。窓を開けてみると、少し離れた庭木の、ちょうど目の合う高さの
「ずっとそこに
「いや、下から見てて、明かりのついた部屋のところに登ってきたんだ! 良かった、ずいぶん時間がかかってたんで、心配したんだ。大丈夫なのか? あの
「それを確認なされるのも、どうかと思いますが……まあ、条約に
どうにも笑顔が
事実だけを並べれば、彼には色々と助けてもらっているが、油断してはいられない。
カザロフスキー少佐との
「それで、御用件はなんでしょう。男性が女性の部屋を夜に訪れる用件、となれば、想像がつかないこともありませんが……それは立場上、対応を慎重に考えざるを得ません」
「いや、ちがう! 将来的にはちがわないんだが、そういうことは段階を踏んで進める主義なんだ。今日は、ただ話をしたかったって言うか、まあ、その、なんだ……」
妙に、
やがて観念したように、バララエフ中尉が波打つ金髪をかき混ぜた。
「なあ、ジルはフェルネラントの軍人だよな。もしかして、アルフレート=クロイツェルっておっさん、知らないか?」
予想もしていなかった名前を聞いた。多分、変な顔になっていたと思う。
「銀髪で口ひげ生やした、笑い顔の
「え……」
あまりに不意をつかれて、気持ちの整理が追いつかなかった。さすがに、少し
「申し訳ありません。クロイツェルのおじさまは、父の友人で……私も、幼い頃から良くして頂きました。とても……懐かしくて……」
「そうか……。
無神経などという言葉が、今さら、この人物の口から出たことに驚いた。
呆然としていると、恐らく登ってきた時と同様に、するすると器用に庭木から降りていた。
「今日は会えて嬉しかった! また明日も来るよ。俺が言うのもおかしいけど、気を落とすなよ。いつか、フェルネラントに帰れる日も来るって! その時までに俺、がんばって口説くからさ。気に入ってくれたら、一緒に段階を踏もうな!」
もともと
軽く、カザロフスキー少佐に同情する。こんな調子で敵意を持ってからまれたら、たまったものではないだろう。
それでも、まあ、涙を武器にするとはこういうことか、と思う。ややこしくない方向に誤解してくれたようだから、放っておこう。
おじさまの記憶は、父母の記憶と、ほとんど重なっていた。
幼い日、暖かい庭、いつも変わらない気難しい顔のお父さま、おぼろげだけど優しい笑顔のお母さま、そしてお父さまにほとんど一方的に話しかけるおじさま、そういう都合の良い記憶だ。
守られることに、なんの疑いもなかった。後悔などないけれど、今はもうない時間と場所を、切なく想うくらいは許されるだろう。
お父さまは、女性としての自由と幸せを願ってくれていた。そういうことにしている。
ひるがえって我が身を見れば、ずいぶん遠い場所に来たものだった。
こんなところに、大した物を隠せるわけもないだろうに。
衣服を脱ぎ、机に前屈みに手をついた格好で、さんざん時間をかけて探り回された性器と、特にお尻が、まだ痛む。
後ろで盛り上がっている様子が腹立たしくて、近付いている顔におならでもしてやろうかと思ったけれど、
乙女。
ふと、疑問がわく。
機会があったら、全生命の
それにしても今回の作戦は、やけに
戦争自体がそういうものなのかも知れないが、これからのことを考えると、価値があるとされている内に誰かにふっかけておくのも手だ。
と言って、めぼしい相手がいるわけでもない。
「あなたは機械か、猫ですし」
独り言に苦笑しかけて、悪い考えが浮かんだ。
確かヤハクィーネ様は、同調から同化に進み、
「適当な相手を同化して、人間端末にするというのは……さすがに、人として駄目でしょうか。それでも、
誰にともなく
マリリの
イスハリの
捕らわれの姫君という
その時が来れば、この手は、空から降り立ち死を振りまく、侵略者の手となるのだから。
********************
このエピソード、本当は本編に入っていたのですが、ジゼルの毒吐く、もとい独白がひど過ぎてシリアスな流れをぶった斬る、という判断からカットになりました。
ここで一回クロイツェルの名前を聞いているので、実は本編のジゼルは、同志という言葉とバララエフ当人に反応しただけで、さほど動じていません。
加筆修正して番外編としましたが、カットの判断は正しかったと痛感します……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます