36.まさかとは思ったが

 深紅しんく燐光りんこうを引いて、鋼鉄が、二振りの大太刀おおだちが、空間も闇も斬り裂いた。


 大剣とこうから打ち合う。


 左右横なぎ、右下段すり上げ、左上段逆ななめ、機体を回転させて二振り平行横一閃、左下段ななめ斬り上げ、右片手平突き、速く、鋭く、もっと速く。


 ただ打ち合えば、大きく重い大剣が勝つのが道理どうりだ。道理を外し、無理を通す。


 刃先の一点、刃筋はすじの触れ合う瞬間のただ一点に、速く鋭く重心を乗せる。まし集中した力の一点が、そのただ一点だけが大剣を打つ。


 時間を圧縮し、空間のきしみを押し通る。打ち合うやいばの下を、前に出る。


 今まで見えなかったものが、はっきりと見えてくる。敵性機体てきせいきたいの攻撃には特性がある。


 左右各一対さゆうかくいっついの両腕で重い大剣を振るう構造上、動きの起点きてん正中線せいちゅうせんと両肩を結んだ正十字の両端に開き、軌跡がななめの距離を取る。


 その距離の無駄をおぎなうために、常に前に出ながら、攻撃側の肩を突き出している。


 次に来る攻撃がわかる。そしてこの攻撃特性は、後ろに退く場合に機能しない。


 前に出る。極限まで集束した光の線を描き、大太刀を打ちつける。


 押されて、敵性機体の足が退がった。


 左下段逆ななめ斬り上げ、強引に大剣をなぎ払う。折れた左の大太刀を放りながら、右の中段内払い、大剣に食い込んだ刀身をそのまま手放てばなあずける。


 真正面、空洞くうどうが開いた。


 右腰の最後の大太刀を抜き打ちざま、突く。さきが胸部の傾斜装甲けいしゃそうこうに触れる。


 一心、一閃、鎧通よろいどおしをかけてつらぬとおす。


 刹那せつな、敵性機体が後ろにんだ。大剣を手放し、割れ落ちた胸部装甲を盾にして、飛び退がった。


 間合いが離れる。地を蹴り、もう一度跳んで、さらに離れた建物の上に降り立った。


 機体同士が、神霊核しんれいかく主体同士しゅたいどうしが見合うように、動きを止めた。


 兵器なら、装甲や各部構造の損傷程度であれば、稼働を続けられる冗長性じょうちょうせいが備わっている。


 だが、この場合の損傷は、拮抗きっこうしていた戦力が大きくかたむいたことの、結果としての現象だ。


 今回の決着はついた。敵性機体の、なんの起伏もない金属の面貌めんぼうが、くやしさをにじませているようだった。


 神霊核しんれいかくの出力を制御する。全身に広がっていた燐光りんこうが、収束しゅうそくした。


「ジゼル、無事か」


「……困りました」


「問題が発生した、ということか」


「このまま一つでいても良かったのに……と、思ってしまいました」


 境界きょうかいは明確だ。冗談にできるのなら、心配ないだろう。


 大太刀を、右腰のさやに納めた。


「人喰い山の魔女……同志どうしクロイツェルを倒した、フェルネラントの人形遣にんぎょうつかい……」


 男の声で、思いもかけない人物の名を聞いた。敵性機体の胸部、操縦槽そうじゅうそうにとどいた傷から、波打つ金髪と青い目がのぞいていた。


「まさかとは思ったが、あんただったのか。ジル」


「バララエフ中尉……」


 ジゼルも、驚いた顔をした。


 一呼吸して胸部装甲を開け放ち、立つ。


「ここであいまみえたのも、その名を聞くのも戦場のえん。おじさまを同志と呼ぶのなら……またいずれ、お会いすることもありましょう。この際ジルでも良しとしますが、改めて名乗ります。フェルネラント帝国陸軍カラヴィナ方面統合軍特務部隊、猫魔女隊隊長、ジゼリエル=フリードです」


 まだ燃え残る街の炎に、民族衣装と黒髪が照らされて舞い踊る。


「良い勝負でした。次は最後まで致しましょう」


 ジゼルの笑顔に、バララエフも半壊した胸部内殻きょうぶないかくを押し開いた。巨大な機体にふさわしい、大柄おおがら筋骨きんこつたくましい将校服の男だった。


「ロセリア帝国陸軍特殊情報部コミンテルン所属、イザック=ロマノヴィチ=バララエフだ! まずいな、本気でれたよ! 絶対、また会おうな!」


 大声が消える間もなく、黒い巨体がまたんだ。二本の大剣を残して、闇の向こうに跳ぶ。


 最後に、いびつな翼のような腰部装甲が、淡く燐光りんこうを発して消えた。


 ジゼルが、大きく息を吐いた。


「さすがに疲れました……マリリも、ありがとう。あなたがいなければ、勝てませんでした」


 すぐ後ろに歩み寄ってきたメルデキントの、胸部装甲が開いた。


 くしゃくしゃな顔のマリリが、落ちそうなほどに身を乗り出した。


「は、はい……っ! ジゼル様、その……良かった……っ!」


「涙をふきなさい。あなたにはまだ、やることが残っているのでしょう」


「え……?」


 ジゼルの目が、庭園に炎のくすぶる王宮を見た。


 マリリが少し驚いて、何かを言いかけて、それでも言葉を飲み込んで、顔を上げた。

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