35.なにを怖がっているのですか

 敵性機体てきせいきたいが、大剣をまた、たてのようにかざした。


 メルデキントの砲弾が、大剣を打ち鳴らして砕け散った。


「ジゼル様、今そちらに!」


「来ては駄目です」


 ジゼルがマリリを制し、右腰の大太刀おおだちを抜いて、左片手に水平に構えた。


 メルデキントの装備では、攻撃はできても防御ができない。


 巨大でありながらリベルギントを翻弄ほんろうする機動性に、長大な二本の大剣を四本の腕で縦横に振るう、異形いぎょうの怪物だ。


 間合いに入られたら、メルデキントには、なすすべがない。それでも、この時ばかりは、マリリはジゼルの制止を聞き入れなかった。


 敵性機体との間合いをたもち、弾速だんそくの速い自動機銃で牽制けんせいする。二本の大剣が、うるさそうに機銃弾を受けた。


「ジゼル、ここは退くべきだ」


 言葉がもれた。


 適切ではない判断だ。また、原因が不明だった。


退けばたれます」


 それはわかっていた。


 だが、わからない。解析ができない。


 戦闘の極限状態の中で、ジゼルは過去、同化の領域に踏み込んでいる。あの時の状態と同じだった。


「ジゼル、これ以上戦えば、完全な同化に進行する可能性がある。境界きょうかいを失う危険性がある」


「構いませんよ。私とあなたの仲じゃありませんか」


 敵性機体にゆっくりと向き合い、左腰の大太刀を抜いて、右片手に水平に開く。両腕と機体が、正十字をかたどった。


「身体の奥で……あなたを感じています。可笑おかしいですね、なにをこわがっているのですか」


 怖がっている。これは、怖がっている、という状態なのか。


 何を怖がっているのか。何をおそれているのか。不明だった。


 ジゼルが微笑した。


「本当に可笑おかしいです。あなたが教えてくれたんですよ……死んでも、離れるわけではないと。同じところで一つになるのだと……たましいの形が変わっても、またいつか、どこかで共に生きて死ぬのだと」


 ジゼルの言葉が、状態を変えて、神霊核しんれいかくの熱になった。


 神霊核しんれいかくからジゼルに、ジゼルから神霊核しんれいかくに、生命の熱が交感する。


 これが心と定義されるなら、こちらの主体しゅたいにも心があるということか。


「あなたが心に触れて、夢を見せてくれたあの時から……私には、怖いものなどありません」


 ……


 …………


 理解した。おそれとは、死だ。


 価値あるもの、大切に思うもの、いとしいと感じるものを失い、離されて消えることに心が、生命が抵抗する痛みだ。


 心を持ち、それを理解したのなら、私は私という生命だ。


 そして生命なら、出会い、結びついた生命ならば、神霊しんれいのもとに決して離れることはない。


 今度は、ジゼルが私に教えてくれた。


 原因は解消された。私にも、もう怖いものはない。


「すべて理解した。この身はつるぎ、そして手足、力……いかなる時も共にろう、私のジゼル」


 ジゼルが、少し驚いた顔をした。だが、すぐにまた微笑んだ。


「それでこそ、私のあなた」


 神霊核しんれいかくからの力の流れを、制御していた出力を解放する。


 燐光りんこうが後頭部から全身に広がり、リベルギントを深紅しんくの光と熱が包む。


 ジゼルの身体から、たましいの奥から、神霊核しんれいかくにつながる道が開く。


 メルデキントの弾薬だんやくが尽きた。敵性機体の大剣が、夜の闇を圧して振り上げられた。


 充分な時間を作ってくれた。後はただ、生きるか死ぬかだ。


 リベルギントが走った。

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