34.御無事で

 後頭部の積層装甲で燐光りんこうを発し、腰だめに展開された長距離砲も、片腕の一部のような自動機銃も、熱のゆらぎを放射していた。


 王宮の戦闘車両から上がった爆炎が、一瞬、市街を黄昏たそがれのように照らした。


「御無事で……ジゼル様、御無事で……っ!」


「あなたにも心配をかけましたね、マリリ」


 マリリは答えなかった。答えるための、充分な言葉を持たなかった。それがわかる。


 今、共に立っている。それだけで、それが全てだった。


「私が市街の拠点を制圧します。王宮と、戦闘車両を任せますよ」


「はいっ!」


 メルデキントがぶ。


 すでに街中に散開した同族達を通じて、無人の建物、占領軍の兵士達が私的に奪い取った建物を特定している。


 無償の協力を快諾かいだくしてくれたのだから、占領軍は同族達までしいたげていたようだ。


 鋼鉄の巨体が、それらを踏みしめ、跳躍ちょうやくした。


 ジゼルの指示は、市街地への流れ弾を考慮したものだろう。だがそれは、不要だった。


 あらゆる姿勢、あらゆる動きの中で、メルデキントの砲口は正確に射線を取り、標的に弾痕だんこんをうがった。


 跳躍を重ね、空中を駆け、王宮の庭園を右往左往する装甲車両を、走り出てくる軍用車両を、一つ、また一つとつらぬいていく。


 無限に伸びる不可視の両腕を持つ、魔性の獣だった。


 そして市街の各所から、規律も統率もなく、あふれ出てくるだけの兵士を、チルキス族の男達が無言で、一矢いっしも外さず仕留めていった。


 チルキス族は夜目が利く。同族達も、夜の世界の住人だ。


 イスハリを取り戻す。クジロイの指揮の下、ただ一つの意志を共有し、みずからも鉄弓と化したような男達が、同族達の先導に従い闇から闇へと走り抜ける。


 正気を失くしかけた兵士達が、街の各所に火の手を放った。だがそれは、自分達を明かりにさらし、闇を深くするだけのことだった。


 暗闇の先で猫の目が光る時、姿のない死が訪れる。


 これから先、多くの戦場でその存在をささやかれるだろう猫魔女隊の、誕生の瞬間だった。


 もはや、戦闘にもならなかった。占領軍の兵士達はただ、哄笑こうしょうを上げる巨人の影と、猫の目だけを見て死んでいく。


「私が一番、楽をしているようですね。早くこちらを片付けて、マリリを手伝いに行きましょう」


 三つの軍施設を完膚かんぷなきまでに破壊し、最後の一つに肉迫にくはくする。


 大太刀を構えた瞬間、隣接する建物が内部から割れ、崩壊し、天をくような大剣が振り上げられた。


 速い。咄嗟とっさに大太刀を合わせ、押される勢いに逆らわず、飛びすさる。


 瓦礫がれきを払い、街を焼く火を背負い、黒く巨大な、異形いぎょうのものが現れた。


 リベルギントより、頭一つほど背が高い。右肩から右腕と左腕が、左肩から左腕と右腕が、身体の中心、正中線せいちゅうせんで背中合わせのように合計四本、伸びている。それぞれの両腕が、それぞれに一振りずつ、大剣を持っていた。


 腰から、ゆがんだ翼のような積層装甲を拡げ、頭と両脚だけが細く女性じみていた。


 正確な認識が追いつくより早く、ジゼルが、リベルギントがわずかに横に動く。


 空間と大地を、大剣が断ち割った。


 交差するように、大太刀を下段すり上げに斬り返す。もう一本の大剣が壁となって防ぎ、同時に、地を割った方の大剣が横なぎに振るわれた。


 肩部装甲を盾に、そらし、さばく。重心を沈めて、真正面に突く。


 二本の大剣が大きく開いて振り上げられ、突きは、分厚い胸部の傾斜装甲けいしゃそうこうに流される。


 大剣が、左右でまったく別の角度、軌道で、なく振り下ろされた。一撃一撃が速く、重い。


 長いをそれぞれの両腕で自在に操り、リベルギントの背丈を超える鋼鉄の大剣を、竜巻のように振るう。


 受けても押され、けてもあっされ、間合いを外すことができない。


 ジゼルのほおを血が伝う。


 負傷ではない。極度の集中に両目の毛細血管が破れ、薄赤く染まってこぼれた、涙のような別の何かだ。


 ジゼルの唇が、喜悦きえつの形を浮かべた。全身を汗が濡らし、呼吸も心拍数も上がり続ける。


 永遠にも近い圧縮された時間の、みずからもその一部となった鋼鉄の旋風せんぷうの中で、ジゼルが凄まじい力を絞り出していた。


 いや、違う。


 ジゼルだけの力ではない。


 こちらの主体しゅたいを、神霊核しんれいかくを通して神霊そのものが、生命の熱が状態を変えてジゼルにつながっている。


 危険だった。すでに同調などという領域を離れている。


 大太刀が、ついに折れた。折れる刹那せつな、互いの剣閃けんせんはじき合う。


 すれ違った。背中合わせに、間合いが開く。


 後頭部と、腰の翼の積層装甲が、放熱の燐光りんこうを発して空気を震わせた。


「神霊核、ですね……ロセリアでも開発が進んでいた、ということでしょうか」


 兵器とは一概いちがいにそういう面がある。同時代、同時期に、競い合って生み出され、戦い合う。


 リベルギントが嚆矢こうしなら、この時が来るのは、決まっていたのかも知れなかった。

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