33.それはそうですけれど

 占領軍に、満足に稼働している対空迎撃兵器はなかった。


 機体を乗せた大型輸送飛行艇おおがたゆそうひこうていは、タトラ上空、最低高度を最大速度で通過した。


 過剰出力を維持いじし続けた発動機の過熱かねつ、燃料の消耗しょうもう旋回軌道せんかいきどう極大化きょくだいかからカラヴィナ帰投は不可能だったが、ユッティの再計算にもとづいてタトラ南部の高原地帯へ胴体着陸する計画に変更済みだ。


 墜落ついらくの危険性も高かったが、操縦担当を含めて整備兵全員が、造作ぞうさもありません、と豪語ごうごした。


 降下装置は、機体を卵のように包む金属外殻きんぞくがいかくだ。


 落下傘らっかさんが機能する高度はない。


 地表への到達直前、外殻がいかく微細片びさいへんに自己破裂し、衝撃波で落下速度を低減する。


 膝下ひざしたの装甲を展開し、使い切りの炸薬噴射さくやくふんしゃで降下位置の最終調整をする。目標の軍施設中庭に、誤差なく着地を完了した。


 外殻微細片がいかくびさいへんの落下と衝撃波、着地の震動で、すでに大混乱におちいっている軍施設の、二階の窓の一つに、ジゼルがいた。


 機体の手を伸ばす。


 民族衣装のすそをひるがえらせて、リベルギントのてのひらに、ジゼルが白羽しらはねのように降り立った。


 動きと着衣に乱れはない。リベルギントの、深紅しんくに染められた積層装甲を見て、ジゼルが微笑んだ。


「良い色ですね。血の汚れが、馴染なじみそう」


 操縦槽そうじゅうそうに乗り込み、胸部装甲きょうぶそうこうを閉じる。


「ずいぶん早かったですね」


「降下目標の補正は最終段階でも可能だ。ジゼルの最後の指示を統合軍司令本部に即時展開、要請受信ようせいじゅしんの解釈をもってユッティが指揮権を掌握しょうあく、状況を開始した」


 空は、星で満ちている。


「夜明け前だ」


「それはそうですけれど」


 ジゼルが、口に手を当てて笑った。


「なんですか、そんなに私が心配でしたか」


「無論だ」


「……嬉しいです」


 両掌りょうてのひらが、操縦桿そうじゅうかんを握る。


「お尻の穴がちょっと痛みますが、まあ、指の十本や二十本、ものの数ではありません」


「指を損傷した、ということか」


処女おとめの独り言です。まったく、これっぽっちも気にしていませんが……やはり、相応のお礼は差し上げねば、不実ふじつになりますね」


「文脈が不明瞭だが、同意する」


「では、参りましょう」


 後頭部から背面に伸びる積層装甲が、膨大ぼうだいな放熱の燐光りんこうを発した。


 両腰に二振りずつの大太刀おおだち、一振りを抜いて、八相右斜はっそうみぎななめ上段に構え上げた。


 建物を縦に、横に切り払う。


 充分に自重を乗せ、刃筋はすじを立てる。古い石造りの構造物など、食材を切り分けるようなものだった。


 次々と崩壊し、巻き上がる粉塵ふんじんの中、散り舞う血煙ちけむりがロセリア人の物か、シャハナ人の物か、どちらでも同じだった。


 廃墟と化した敷地内からび、市街の大通りに立つ。


「ジゼル様……っ!」


 こちらとマリリ、メルデキントとジゼルは、相互に音声同調している。

 互いの主体しゅたいの受信音声を、そのまま転送し合う。


 大聖堂の屋根の上から、深緑しんりょくの巨人が街を睥睨へいげいしていた。

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