30.それは適切な判断ではない

 過去、異民族間いみんぞくかんの戦争に敗れた国で多く行われたもので、被支配側ひしはいがわの男を可能な限り殺害し、支配側の男と被支配側ひしはいがわの女の交配こうはいを組織的、強制的に進めて、被支配側ひしはいがわの民族の遺伝形質を消し去ることを目的とした施策しさくだ。


 生まれた混血児が男子であった場合も殺害することで、三世代六十年程度で、特徴的な遺伝形質は現れなくなる。


 荷台に乗っている女達は、兵士達との生殖行為が終わった直後なのだろう。


 恐らく収監しゅうかんされて、胎児たいじが確認できるまでは、同様の行為が繰り返される。そのまま死亡することもあるだろう。


 胎児が確認できれば、あるいは居宅きょたくに戻れるかも知れないが、出産後は胎児の性別による選抜と、体調回復を経てまた次の交配こうはいせられる。


 三年という時間は、短くはない。


 立ち上がりかけたマリリの腕を、クジロイがつかんだ。


「なんのつもりだ?」


「やめさせる……っ! 見過みすごせるか!」


「のぼせ上がるな!」


 クジロイも、マリリも、顔をゆがませていた。


「小っさくとも大将だろうが! 戦う場所を、間違えるんじゃねえ!」


「……っ!」


 にらみ合う二人に、ジゼルが少し驚いていた。


 そして笑った。


「安心しました。二人とも、仲良くするんですよ」


 するりと、立ち上がる。


「私が参ります」


「……え……?」


「おい、なにを……っ!」


「頃合いをはかって、ロセリア帝国軍兵士を見つけて投降とうこうします。上手うまく連行されれば、司令中枢しれいちゅうすうがわかるかも知れません」


「ふざけんな! だったら俺が……」


身元不詳みもとふしょうの男性では、すぐに殺される可能性が高いでしょう。私が適任です」


 確かにジゼルの小太刀こだちは、フェルネラント帝国軍将校のもので、剣と陽光をかたどった帝国軍旗と同じ刻印もある。


 知っている者が見れば、上官に判断をあおぐだろう。


 だが陣屋じんやでクジロイが言ったように、どこまで証拠として機能するかは相手次第だ。ジゼルがそれを、認識していないはずがない。


「私とは同調済み、生体情報をもとに位置を確認できますね」


 ジゼルの言葉に、咄嗟とっさに回答ができなかった。


 原因はわからない。とにかく情報を整理し、論理ろんりを組み上げる。


「ジゼル、それは適切な判断ではない。作戦行動全体の柔軟性じゅうなんせいを、失う可能性が大きい。占領軍の組織能力は低い。時間をかければ、情報精度じょうほうせいどを上げることは容易よういだ」


「適切ですね」


 ジゼルが、口に手をあてた。


「ですが人間の、特に女性にとって、生殖行為というのは特別な意味があるものです。正義の味方の侵略者としては、知った以上、やはり見過みすごすわけには参りません」


「ならば、共に行こう」


「それこそ、適切じゃありませんよ」


 可笑おかしそうに、また笑った。


「でも、ありがとう……その言葉で充分です。あなたはマリリと一緒にいて、私の位置情報が固定された地点を降下目標こうかもくひょうに設定、統合軍司令本部に出動を要請ようせいして下さい。攻撃は明日の夜明け前、先生が計算された最短時間で間に合うはずです」


 また、回答ができなかった。


 原因が不明だった。


「クジロイ様、お聞きの通りです。チルキス族の方々かたがたと合流し、攻撃開始に備えて下さい。実戦指揮はお任せします」


くそったれ!」


「マリリ、あなたは……」


 マリリはジゼルの服をつかんで、震えていた。


 ひざをついて、すがるように見上げていた。


「……ジゼル様、そんな……私……そんな……」


 服をつかんだマリリの手に、ジゼルも手を重ねた。


「軍人なら、いいえ、戦うと決めたのなら……死ぬことも、誰かに死ねとめいじることも、必要になる時があります。胸を張りなさい、マリリ」


「いや……いかないで、下さい……ジゼル様……っ!」


「街の誰か、信用できそうな相手に作戦のことを伝えて、攻撃が始まったら、可能な限り街の人の犠牲ぎせいを少なくできる行動をとるよう、お願いして下さい。あなたにしか、頼めないことなのですよ」


「……っ」


 マリリの手をほどいて、音もなく、ジゼルが階下へと走り出た。


 叫びかけたマリリが、自分の両手で口をふさいだ。


 身体をり、くずおれて、ひたいが石造りの床にこすれた。血の筋が残った。


 ほどなく通りの方から、兵士達の騒々そうぞうしい声が聞こえてきた。


 何かがぶつかる音、倒れる音、走る足音、女達の驚く声といのりの声が、混じり合って聞こえてきた。そしてどれもが遠ざかり、静かになった。


 誰もまだ、この場を動くことができなかった。

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