29.さすがの雌あしらいですね

 旧イスハバート王国時代の王宮は、街の中央からやや北に位置している。


 街の石壁と同様、古く質素しっそなものだ。


 敷地は広いが、今は占領軍の装甲車両が物顔ものがおで並び、歩いているのも兵士ばかりだった。


 構成はロセリア帝国軍が二割、シャハナ国軍が八割の程度で、階層は明確にロセリア帝国軍が上位だった。


 シャハナ国軍の将校と見える人物でも、ロセリア帝国軍の兵士に頭を下げている。


 見回ったのが夜ということもあるが、こちらの姿に気づくでもなく、泥酔でいすいして騒いでいる姿も多く見られた。


兵営へいえいとして接収せっしゅうしているようですね」


「同意する。ロセリア帝国軍は別の居住場所を、少人数毎に分かれて持っているようだ。将校は比較的大きな居宅きょたくを、個人で使用していた者が多い」


即応体制そくおうたいせいはなし、ですか。まあ、外敵を想定していない軍隊なら、そんなものでしょう」


 マリリが言った通り、夜に出歩いている一般人はほとんどいない。


 どの家も扉を固く閉ざして、わずかにもれる明かりと共に、小さないのりの声が聞こえてくるばかりだった。


 街の中央からやや南、王宮と正対して、唯一神教ゆいいつしんきょうの大聖堂がある。


 黒い法衣を着た修道士達が、人目をけるように訪れるわずかな街の人間と一緒に、夜を通して祈りの言葉を唱えていた。


「なあ……本当にその猫が、なにかしゃべってんのか?」


「余計なことを言うな! 気が散る!」


 難しい顔のクジロイに、頭と口の忙しそうなマリリが、八つ当たりする。


 クジロイは音声信号の同調をしていないので、マリリに会話を同時口述してもらっているためだ。少し手間だが、やむを得ない。


 農場や牧場でもない限り、人間集団のつねとして、人間以外による偵察活動ていさつかつどうは警戒されていない。


 しゅとしてロセリア帝国軍の動きを追うと、街でも比較的大きな建物を四つほど、軍施設として徴用ちょうようしているようだった。


「ヤハクィーネが集合知しゅうごうちから解析した支援情報とも整合する。間違いないだろう」


「たった一晩なのに、さすがのめすあしらいですね」


「正確には協力者におすも含まれるが、賞賛しょうさんと認識する」


「頼もしい限りです。そうなると問題は、この四つのどれが指令中枢か、になりますね」


「その前に、ヤハクィーネから警告がある。この三年間、タトラで死亡したと思われるたましいに、大幅な増加傾向が見られるようだ。そのほとんどが、これらの拠点に連行され、拷問ごうもんにより短期間に死亡している。行動は慎重になされますように、とのことだ」


 マリリの口述が、途中で切れた。クジロイが鼻を鳴らす。


「タトラはな、堅苦しい王宮と口うるせえ修道士どもが偉そうにしていた、辛気臭しんきくせえ街だったが、ここまでじゃなかった。警告なんざ、細かく言う必要もねえよ」


「すまない……。口述を止めてしまって、申し訳ありません。話を続けて下さい」


「いえ。私達の方こそ、配慮はいりょが足りませんでした。今日はここまでにしましょう」


 ジゼルがマリリに、気遣きづかわしげな目を向ける。そしてリントの頭を、軽くなでた。


「あなたも、夜まで休んでいて下さい。その間、私は街の様子を確認して来ます」


「夜間偵察の後、昼まで眠っている。活動に支障はない」


「少し歩いてみるだけですよ、心配は要りません」


 現在は昼を過ぎた時間帯で、確かに人の通りもそれなりにある。


 だが、拠点にしている空き家の二階からのぞいて見る限り、総じてタトラの人間は小柄のようだ。


 ジゼルとクジロイの身長は、注意を引く恐れがあった。


「市街戦になります。せめて自分の目で、街と人の……」


「いや。良くねえ、大将。歩いているのは年寄りばっかりだ」


 階下に出ていこうとするジゼルを、クジロイが制した。


 小柄に見えたのは、陽除ひよけの頭巾ずきんで判別が難しいが、年齢分布にかたよりがあったということか。


 マリリが何かを言いかけた時、車両の停車する音がした。


 この空き家からは、やや離れて見える通りの入り口に、資材運搬用の軍用車両が停まっていた。


 ほろはなく、二階の窓からも、荷台の中が見える。


 運転席を含めて計九人のシャハナ国軍兵士が降りると、荷台に残ったのは、何人かの若い女だった。


 みな、目を閉じ、両手を胸の前で握り合わせ、震える声で祈りの言葉をつぶやいている。


 降りた兵士達は二、三人の組に分かれて、それぞれ周囲の家の中を見回り始めた。


 やがて、入った家から出て来なくなった。荷台に残った女達は、見張りがいないにも関わらず、うずくまり祈り続けるだけだった。


 そして兵士達が出て来なくなった家の中からも、嗚咽おえつと悲鳴の混じる、かすれた女の祈りの声がもれてきた。


 集合知しゅうごうちにも、類似状況の情報がある。民族浄化みんぞくじょうかという行動だった。

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