26.戦うこともできなかった
一呼吸遅れて、ジゼルが吹き出した。
道案内すら危険を並べて
「てめえ……自分がなに言ってるか、わかってんのか? なんで俺達が、てめえなんかを守って戦わなきゃならねえんだ? ざれ
男が、片膝立ちになってマリリの
「てめえに
「同じだ……っ!」
「なんだと?」
「イスハバートも、タトラも同じだ! 女も子供もいる! お前が山の民の
「占領も
「私は……守れなかった……っ!」
マリリの目から、今までこらえていた涙があふれ出た。
「戦うこともできなかった……海の向こうで、父が死ぬのを……国が、街が、人ごと飲み込まれるのを、見ていることしかできなかったんだ……」
「見ていることしか、だと……?」
男が歯を食いしばり、血が一筋流れた。至近でにらみ合うマリリと、同じだった。
「だったら知ってるだろう! イスハバートは、戦いもしねえで降参したんだよ! イスハリのてっぺんで
「……っ」
「そんなこともわからねえで、まだその口から、
「どんな
二人の叫びが消えて、空気が張りつめた。広間にいる全員が男とマリリを見て、
その男の首筋に、ふ、と
今度は全員の
手足の動きの
「て……てめえ……弓が、狙ってないとでも……」
「
チルキス族の男達を、
最初から弓を引き
まして長時間の待機で疲労して、いざ射るとなった時に狙いが外れては本末転倒だ。
ゆっくりと、ジゼルが
まだ誰も動けない。次に同じことをされた時、反応する自信が、誰にもないのだ。
「
「なん、だと……?」
男がマリリを離し、その手を腰の
広間を囲んだ全員にも、男が斬られたら死を覚悟で襲いかかると決めた、青ざめた表情が浮かんだ。
「ここにいる全員を殺しても……山は、俺達の狩り場だ。逃がしはしねえ」
「承知しております。もとより、任務が果たせなければ、生きて帰る必要がありません。あなた方の
「どうしてだ? どうして、そこまで投げ出せる?」
「あなた方の協力を得て、イスハリを戦略的に確保しなければ、カラヴィナはいずれ攻略されます。そうなればフェルネラント本国も同様、私はどこかの戦場で、
ジゼルは
「それでも、恥ずかしながら私も、まだ処女の身でして。それなりの抵抗だけは、させて頂きます。力尽きた後は、どうぞ御自由になさって下さい」
照れ隠しのようにジゼルが笑ったが、他の誰も笑わなかった。
男が、目線を外さないまま、
並んだ端の一人が、恐る恐る動いて、奥から杯を二つと、
男とジゼルの前に置いて、
「条件交渉なんざ、どうでもいい。俺達はな、こいつになら
「
男とジゼルが同時に杯を持ち、一息に飲み干した。
どちらも、ゆっくりと杯を置く。
男が
「決まりだ、大将。俺はクジロイ、チルキス族族長サジワタリの息子、クジロイだ」
歓声が、広間を震わせた。
男達が肩を叩き合い、
状況を把握しきれないマリリだけが、呆然とジゼルを見つめた。
ジゼルが微笑んだ。
そして微笑んだ表情のまま、ぱたりと倒れた。
空気が、今度は無音でひび割れた。まったく空気も忙しい。
全員の目線が、クジロイを刺した。
「き、きさまぁっ! よくもっ!」
「ち、ちが……ちがう! 誤解だ! ただの酒だ! 俺だって飲んだだろうが! おい、おまえらも、こいつをなんとかしろ!」
逆上して飛びかかるマリリに、顔中を傷だらけにされながら、クジロイが広間を逃げ回った。
男達が手を叩き笑い転げる中で、ジゼルが何やら、笑ったり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます