23.私とあなたの仲じゃありませんか

 早朝、登山装備を身に着けたジゼルとマリリに、リントが茶色のしまの、めすの子猫を引き合わせた。


面接選抜めんせつせんばつで適性を判断、母猫ははねこと彼女自身の了解も得て、メルデキントと契約してもらった。マリリ、こちらの声も聞こえているだろう。同様に彼女とも会話を」


「は、はい……その、おいで?」


 子猫が、しゃがんだマリリの腕を伝い、肩に登った。換算年齢かんさんねんれいは、マリリの方がまだ少し上になるだろう。


「リベルギントとリント、メルデキントと彼女は、それぞれ相互に独立した外部端末がいぶたんまつとして機能する。ここと旧イスハバート領の距離であれば、認識共有に、まだ実感としての時間差は発生しない。ジゼルから彼女、マリリからリントへの音声会話も可能で、それを神霊核しんれいかく主体しゅたいを介してユッティ、ヤハクィーネに伝達することもできる。神霊核同士の同調は、現段階では見合わせているが、近距離の音声であれば人間と同様に受信している」


「ああ、機体のそばにいれば、電信交換手でんしんこうかんしゅみたいなことができるってわけね。ネーさんも、ほら」


「認識しました。私からの情報支援も、随時ずいじ、発信致しますわ。山脈のこと、チルキス族のこと、他にどんなことでも、必要があればお申しつけ下さいませ」


「感謝する」


内緒話ないしょばなし、僕だけ仲間外れですか。さみしいなあ」


 ヤハクィーネがエトヴァルトをにらむ。曲がったいたのようになった背中を、ユッティが満面の笑みで叩いた。


 ジゼルは話を聞いているのかいないのか、じっとマリリの肩を見てから、真剣な顔をリントに向けた。


「私は構いませんよ」


 しゃがんで、両腕を伸ばす。てのひらも、指関節の可動限界まで開いていた。


「必要ないが」


「私とあなたの仲じゃありませんか。さあ」


 こういう時、リントは充分以上に意思をくむ。にゃあ、と、あきれたように鳴いて、するりとジゼルの肩に乗る。


 さすがに大きいが、ジゼルが背負った背嚢はいのうも使い、しがみつくように姿勢を安定させた。


「おそろいですね、マリリ。それと……」


「メルデキントだから、メルルにしよう! マリリちゃんとメルルちゃん、うん、なんかいんを踏んでて良い感じじゃない?」


「同意します。それでは出発しましょう、マリリ、メルル。侵略者の出陣です」


 侵略者、という身分が気に入ったようだ。鼻歌らしいものも出る。


「は……はい! よろしくお願いします、ジゼリエル=フリード様!」


「長いです。ジゼルで構いませんよ」


 中庭の中央に並べて置かれ、降下用装備の準備を始めているリベルギントとメルデキントの横を通り過ぎる。


 ジゼルが敬礼して、マリリもならう。答礼の代わりに、リントがまた、にゃあ、と鳴いた。


 メルデキントからは、特に反応もない。なるほど、神霊核として特殊なのは、こちらのようだ。



***************



 集合知しゅうごうちの情報を整理する。


 先日まで主戦場しゅせんじょうとしていたカラヴィナ北方の山野部は、地形としてはイスハリ山脈の末端だが、国際地図上こくさいちずじょうは、植生しょくせいが変化する境界をイスハリ山脈の端部に設定している。


 まずは亜熱帯の草木がしげ獣道けものみちを、なたでかき分けながら進む。


 こうなってみると、ジゼルの肩の上に乗っているのも、悪くはない。


 野戦服やせんふくに登山装備で固めた、若い女の二人旅だ。さすがにジゼルも、太刀たち背嚢はいのうの横にくくりつけていた。


 山岳民族チルキス族は、その生活様式が、一般には正確に知られていない。


 獣皮じゅうひと簡素な麻布あさぬのを着て山野を漂泊ひょうはくし、狩猟と採集で生活している、太古の原人に近い認識だ。


 だが、無論、生命の循環じゅんかん神霊しんれい集合知しゅうごうちには多くの情報が存在している。


 体系的、学術的に整理して認識された表層記憶ひょうそうきおくではなく、主観的、日常的な深層記憶しんそうきおくは、検索と再構築に要する情報処理の負荷が大きいが、そこはヤハクィーネに働いてもらう。


 マリリは、気負きおった中にも、肩のメルルに時折ときおりやわらかい表情を見せている。


 母方の一族に初めて接触、交渉し、父方の故郷を奪還だっかんする作戦だ。


 緊張も重圧も一人で向き合うしかないが、メルルと、やけに先輩風を吹かせたがるジゼルも、その助けにはなるだろう。


 チルキス族の行動範囲そのものはイスハリ山脈のほぼ全域だが、主要な生活圏はカラヴィナとシャハナに渡って広がる広大な亜熱帯の山野部だ。


 山岳部に向かい、通常人の生活圏から隔離かくりされていく深山しんざんの、さらに奥を目ざす。

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