22.すねないでよ

 二人を遠巻とおまきに見て、ユッティが苦笑した。


「やれやれ。肉体派は、うちけるのが早くて良いわね」


「ユッティが言った通り、年下には甘いようだ。現時点では適切な指導と考える」


 リントに同調しながら主体しゅたい並列制御へいれつせいぎょするのは、情報処理の負荷がやや大きいが、可能な限り最適化しておく必要がある。


 今回の作戦行動は、長距離間の情報共有が絶対条件だ。


「ヤハクィーネ、マリリとメルデキントの同調について確認したい」


「すんでおりますわ。以前申し上げましたように、あなた様ほど雄弁ではいらっしゃいませんが、私とも意思の疎通そつうが可能です。神霊様同士では、同調はなさらないのですか?」


「個体生命と異なり、共有する情報量が多過ぎると懸念けねんする。戦闘行動における咄嗟とっさの状況認識、危機管理に影響する可能性もあるだろう。搭乗者を介した情報伝達が最適と考える」


 さらに言えば人間との同調も、敵性勢力てきせいせいりょくへの情報流出と、神霊核への直接的な介入かいにゅうまねく危険性につながる。


 対象は、慎重に制限するべきだった。


「あなた様とラスマリリ、メルデキントとジゼリエル様の、相互の音声同調で補間するのですね。うけたまわりました。すぐに準備致しますわ」


「もう一つある」


 ジゼルが搭乗者であったことは、ユッティとの関係や、ジゼル自身の意志と出自しゅつじが組み合わさった帰結きけつだろう。


 だが今回、マリリの役割とメルデキントの運用が重なる理由は、厳密にはない。


 身体的に屈強な兵士がいくらでもいる中、これを偶然で片付けるのは無理がある。


 ユッティが、ばつが悪そうに頭をかいた。


「あんた、本当に人間っぽくなったわよね。お願いだから人権とか、女性差別とか言い出さないでよ?」


「文脈が不明瞭だが、努力しよう」


「ええとね、穴があるのよ。女には、ほら、男にはない穴が」


大雑把おおざっぱにもほどがありますわよ、ユーディット。神霊様、私から説明致します。女性の肉体とたましいには生来せいらい、部分的に神霊と同化し、新しく生まれるたましいに触れて呼び込む、通り道が存在しているのですわ」


 以前、神霊核を製造する際に、受精卵を宿した子宮を体外に摘出てきしゅつするとユッティが言っていた。


 ヤハクィーネの情報でこれに補足すると、神霊核の外殻がいかくは術式で女のたましいを模した状態を再現し、神霊と同化した経路を固定、体組織が死滅分解した後も神霊そのものと接点を維持して情報処理と電力供給源にする仕組み、となる。


 神霊を、生命が蓄積ちくせきした電気信号の集積状態しゅうせきじょうたいと定義した場合、神霊核は生命を媒介ばいかいに生命を動力に消費する機構、ということだ。


 リベルギントの駆動電力として消費された生命は、状態を変えてジゼルの生命情報の一部となり、いずれ神霊に還元かんげんするのだろう。


「搭乗者に女性を優先して選ぶのは、肉体とたましい隧道ずいどうを通して、より深い、強い神霊核の……神霊そのものの力の発現を期待しているのですわ。神霊様、ジゼリエル様には既に、その兆候ちょうこうを感じておられるのではないでしょうか?」


「先に、こちらへの回答を要求する。個体生命と神霊核との同調は、同化に進み個の境界を失う危険性があると言っていた。搭乗者が女であれば、自我じがの消失を代償だいしょうに、機体能力の極大化きょくだいかが見込めるということか」


 ヤハクィーネの口の端に、微笑のようなものが浮かんだ。


 指摘された通り、過去の実戦の極限状態で、ジゼルは肉体とリベルギントの境界が曖昧あいまいになる感覚を口にしていた。


 心拍数しんぱくすうも呼吸も体温も上がり続け、時間さえ圧縮して、金属の構造物に過ぎない機体でみずからの肉体を超える動きと技術を体現した。


 あの瞬間、確かに、同化としか定義しようのない領域に踏み込んでいた。


「あの、ね……別に、積極的にそうしようってわけじゃないのよ。推測の、そのまた推測だったし……生きるか死ぬかの、最後の最後で、もしかして奥の手になったり、とかも思ってさ」


「理解している。現状認識を正確にしておきたかっただけだ」


「なによ、取りつくろい方まで上手くなっちゃってさ。すねないでよ。ジゼルが心配なのは、あたしもネーさんも同じだってば」


「そういうことにしておきますわ」


「そういうことにしておこう」


「ああ、もう! あんた達、子供か? あたし保護者か?」


 ひとしきりユッティがあれこれと騒いでいたが、ヤハクィーネが適当に受け流して、メルデキントの操縦槽そうじゅうそうに潜り込む。


 人間を主体とした道義的論争どうぎてきろんそうを広げるつもりはない。


 状況を認識し、課題に対処する。その意味で、ヤハクィーネの行動に文句を言う筋合いはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る