21.作戦行動の前だ

 次に潜入偵察せんにゅうていさつは、旧首都きゅうしゅとタトラまでは間違いないが、占領している軍組織の司令中枢しれいちゅうすうがどこにあるかを正確に調べる必要がある。


 旧時代の城取しろと合戦がっせんと異なり、単純に王宮を接収しているとは限らない。


 制空権せいくうけんが確立していない以上、機会は一度だ。波状攻撃でなければ、空爆は効果が薄い。


 再占領さいせんりょうという戦術目標を考えても、陸戦兵力で面制圧めんせいあつするしかないが、リベルギントとメルデキントの二機を投入できたとしても、それこそ一撃で指揮系統を粉砕しなければ、孤立無援で押しつぶされる。


 最後に、その二機の空輸となると、武器弾薬を含めて積載重量せきさいじゅうりょうは凄まじい数値になる。


 フェルネラント帝国軍の装備でそれが可能な機体となると、水上離発着すいじょうりはっちゃく大型輸送飛行艇おおがたゆそうひこうていしかないが、限界速度からも航続距離からも、二機を投下した後は一目散に逃げるだけだ。


 遅滞ちたいも、やり直しも許されない。


「一つ目の問題は、戦術工程を追加することで対処します。ラスマリリあらため、マリリは母親から山岳民族チルキス族の血を引いており、それを伝手つてに、彼らをこちらの陣営に引き入れさせます。ジゼルさん、交渉を手伝ってあげて下さい。彼らも新生イスハバートの一員になりますので、独立支援金どくりつしえんきんに糸目をつける必要はありません」


「承知しました」


「二つ目の問題は、ヤハクィーネ、機関員の総力を挙げて旧首都タトラ近郊きんこうの情報を集合知しゅうごうちから解析、情報支援により適宜対処てきぎたいしょして下さい」


御意ぎょいにございます」


「三つ目の問題は、ユッティさんに作戦行動の進捗管理しんちょくかんりを一任することで対処します。飛行艇出動要請ひこうていしゅつどうようせいの受信から、現場空域到達げんばくういきとうたつまでの最短時間を計算しておいて下さい。ジゼルさん達からの要請受信をもって指揮権も移譲いじょう、本作戦におけるすべての命令、実行を許可します」


「思い切るわねえ。ま、やってみましょ」


「作戦開始は明朝みょうちょう、部屋は士官宿舎の個室を用意しています。ジゼルさんとマリリの登山装備は夕方までにそろえて届けさせますので、今日はゆっくり休んで下さい。ユッティさんも、ええと、夜更かしは程々にしておいて下さいね」


 口調は軽いが、さすがに鋭い。ユッティが舌打ちし、ジゼルが苦笑して、ヤハクィーネがまた咳払せきばらいをした。


 マリリだけが生真面目きまじめに、かかとを鳴らして敬礼した。



***************



 言われたそばから、とあきれるべきか、案の定とあきらめるべきか、作戦会議が終わるとジゼルが、嬉々としてマリリを中庭に連れ出した。


「だって、後輩ができて嬉しいんです」


「作戦行動の前だ。怪我けがをするのも、させるのも、合理的ではない」


「そんな下手へたはしませんよ」


 マリリに教練用の木刀を手渡し、太刀たちは外して木立こだちに立てかけ、同じ木刀を持って向かい合う。


 ユッティとヤハクィーネは我関われかんせずとばかり、早々にリベルギントとメルデキントの調整に取りかかっていた。


「あなたのこと、教えて下さい。親睦しんぼくを深めましょう」


 若い女同士、木刀をぶら下げて言う台詞せりふでもないが、マリリも意を決してうなずいた。


 小柄な身体で、まっすぐ正眼せいがんに構える。


 ジゼルは右片手に下げただけだ。一見して鷹揚おうように受け取れるが、攻撃意図や次の動きを限定させない、これも構えの一種だ。


 だいぶ本気で遊ぶつもりのようだった。


 マリリが発声し、打ちかかる。上段、ジゼルが軽く上げた剣先に沿って、脇にそれる。


 次に中段の横打ち、ジゼルが一歩退いっぽひいて避ける。


 左右の斜め上段、速いが軽い。ジゼルの木刀と叩き合う。ほぼ、それらの繰り返しになった。


「基礎教練を受けましたね。真面目で、素直……ですが、身体に合っていないようですね。異質な技術を消化し、かてにするのは、もう少し時間をかけましょうか」


 打ち込みをはじく動作に、ジゼルが重心を乗せた。


 マリリからすれば、急に岩にぶつかったようなもので、体勢を大きく崩す。驚愕きょうがくが、そのまま顔に出た。


「反則とか、それはなしとか、うるさいこと言いませんよ。楽にして下さい」


 ジゼルが下段のまま、左手を柄尻つかじりにそえた。


 一呼吸置いて、今度はマリリが右片手に木刀を下げ持った。両脚を前後に広げ、身体を地に伏せて、左手をつく。


 山猫を思わせる姿だった。


 声もなく飛びかかる。低い。ほとんど地面と水平に、剣先が足首を狙って振るわれた。


 ジゼルも踏み込み、剣先ではじく。


 先刻と同様、マリリが大きく体勢を崩したが、そのまま左手一本で逆立ちするように伸び上がる。右踵みぎかかとが上段のを描いて、ジゼルの側頭そくとうに飛んだ。


 半瞬の差で見切る。その足が地に着く前に、同じ軌道を木刀が追って来た。


 ジゼルがすり上げ、さばいて、初めて打ち込みを返す。


 マリリは強引に身体をじ曲げ、倒れるのもかまわず、地面を転がって打ち込みをくぐり抜けた。


 間合いが開く。


 ジゼルが縮地しゅくちを見せると、マリリも驚きながら、それでも左右に飛び退すさって打ち込みを返した。


 現在でも山野を漂泊ひょうはく、狩猟を続けているという山岳民族チルキス族の身体的特性か、マリリの動きは柔軟で野放図のほうずで、けものじみていた。


 平衡感覚へいこうかんかくと動きを見る目も、抜群ばつぐんに良い。


 砲撃戦を主眼にえたメルデキントの特性に引きずられず、相乗効果を発揮すれば、興味深い戦闘経験を得られるかも知れない。


 とは言え、運動量に無駄の多いマリリが手足を投げ出して動けなくなるまで、長い時間はかからなかった。


 ジゼルも上気じょうきしているが、これは、運動量のせいばかりではない。


「とても楽しかったですよ。また遊びましょうね」


 マリリは声もないが、ジゼルを見上げる目に、素直な憧憬どうけいがあった。


 リントが、にゃあ、と鳴いた。人間にしてはなかなかの動きだった、と、いて訳せば言っていた。

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