19.理にかなっている

 ユッティの場合は、推測するに、以前から知っている外貌がいぼうとの差も積み増しされているのだろう。


「一人旅ってわけでもないでしょうに……どうせ、ずからの力仕事もあった、ってんじゃないですか? それも機密事項ですか?」


「あら。やはりあなたは聡明ですわね。こればっかりは、全部が全部、人任せというわけにもいきませんから」


 意味ありげにヤハクィーネが口をつぐんで、ユッティが肩をすくめた。


 疑問をはさむより早く、車が政務首都シレナの市街地に入り、すぐに統合軍司令部の敷地のへいが見えてきた。


 塀の高さを超えて、陽光を反射する金属の構造体がある。


 大きく張り出した、放熱機能を兼ねた積層装甲せきそうそうこうだ。正門を入ると、中庭に片膝をついた全身が見えた。


 人間を模した四肢と、後頭部から背面にかかる突起状とっきじょうの積層装甲はリベルギントと同じだが、膝下ひざした展開装甲てんかいそうこうは調整中なのか、外されている。


 全身を覆うはがねは深い緑に染められて、両腰には大太刀おおだちではなく、砲身を二つ折りにした長距離砲と、人間用のそれを巨大化させた自動機銃を懸架けんかしていた。


特殊術式機動兵装とくしゅじゅつしききどうへいそう、試作2番機メルデキント。1番機の戦闘記録をもとに構造を一部簡略化して、量産運用を視野に入れた再設計機ですわ」


「今時、兵隊一人一人に剣術修行させるわけにもいかないし、鉄砲並べて数撃ちましょうってことね。戦闘車両との差別化は、どう考えてます?」


「いくつか想定していますが、報告書にあった機動性と、なにより……」


「落ち着いた緑ですね」


山野部さんやぶなどの低視認性を考慮したものだろう。理にかなっている」


「真似したと思われるのも悔しいですし、似たような寒色系は候補から外しましょうか」


「繰り返すが、彩度はともかく、明度は低い色が望ましい。光の反射率を第一の検討要素とするべきだ」


「あんた達……見るところ、そこ?」


 喫緊きっきんの課題を論じていたつもりだが、今度はジゼルもろとも、何かを間違えたらしい。


 ユッティがまた肩をすくめて、ヤハクィーネもまた、自然に近い笑顔を見せた。


 笑われている内に、車が司令本部の前に着いた。


 降りるや否や、ジゼルが後部座席の隙間すきまから太刀たちを引っ張り出し、将校用の白い礼装の腰にいそいそとく。


 前時代的な光景だが、魔女の異名で知られた今となっては、奇異の目を向ける者もいない。


 司令本部は、大演習に前後して市街地の外れを整地、建築したもので、総督府と同じ鉄骨と煉瓦れんがの複合構造だ。


 そこだけ木彫きぼりの重々しい正面扉を背に、一人の少女が立っていた。


 灰褐色はいかっしょくの野戦服があちこち余る、小柄な体格だ。


 赤銅色しゃくどういろの肌に、黒髪を肩の辺りで乱雑に切りそろえ、メルデキントと同じ深い緑の目に強い力を込めている。


 敬礼が、少し慣れていないようだった。


「なんだか場違いに可愛らしい娘さんですね」


 自分のことをたなに上げて、ジゼルが言う。言いながら、軽く歩み寄った。


 殺気さっきはなつ、感じる、という言葉があるが、別に特殊な波動を送受信するわけではない。


 手足の動きのこり、目線や表情筋ひょうじょうきんの変化、体軸たいじくのゆらぎなど、本来は極力隠きょくりょくかくしている攻撃の予備動作を見せて、どの段階で察知するか、反応するか、虚実きょじつまで見抜くのか、察知したこと自体を隠すのか、そういう駆け引きをためし合う技能者同士の遊びのようなものだ。


 少し遅れたが、ジゼルのわずかな動きを察知して、少女が緊張した。


 それでも動かず、まっすぐにジゼルを見返した。武術の心得こころえとは違うが、全身にしなやかに力が行き渡る、けもののような緊張だった。


「それ以上は無法だと思うが」


「わきまえていますよ。心外です」


 口の端が下がっている。危ないところだった。


「ジ……ジゼリエル=フリード様、ユーディット=ノンナートン様、ヤハクィーネ様、お待ちしておりました! 御案内致します」


「やっぱり。可愛らしい声ですね」


「なになに、あんた、年下には甘い方? それじゃあ、良い師匠になれないよ?」


「気をつけます」


 涼しい顔をして、ジゼルが少女をうながした。ユッティ、ヤハクィーネの順に続く。


 呼ばれなかった整備兵達は、とりあえず車から降りて、思い思いに木陰を探し始めた。


 リントも呼ばれなかったが、当たり前の顔でジゼルの横に並んでいた。

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