18.ずいぶん好意的ですね

 戦闘出動からの撤収てっしゅうを昼までに、防衛陣地の片付けを夕方までに終わらせて、翌早朝よくそうちょうに移動を開始した。


 まったく、忙しい限りだ。


 政務首都せいむしゅとシレナのフェルネラント帝国陸軍カラヴィナ方面統合軍司令部まで、車なら昼前に着くだろう。


 リベルギントを積載せきさいした輸送車が一台と、設備運搬車せつびうんぱんしゃが二台、人員輸送車とジゼル達を乗せた汎用車はんようしゃの、計五台が、明るく鮮やかな亜熱帯の朝を走行する。


 統合軍司令部直轄とうごうぐんしれいぶちょっかつ特務機械化小隊とくむきかいかしょうたいと言えば名前は仰々ぎょうぎょうしいが、リベルギントを戦術運用するための整備と補給専門の部隊だ。


 人員よりも設備が多い。


 汎用車の後部座席にジゼルとヤハクィーネが座り、リントはジゼルの膝の上で、奇妙な雰囲気の隣人を軽く警戒している。


 エトヴァルトは言うだけ言って昨日の内に先発せんぱつし、ユッティは運転手の隣でいびきをかいていた。


「ヤハクィーネというのは現在、個人名ではありません。開祖かいその名を組織名に頂いた神霊研究しんれいけんきゅうの国家秘密機関であり、また、各個の構成個体を総称する名前なのですわ」


 ヤハクィーネの物言いに、ジゼルが笑った。


「構成個体、ですか。単語の選び方に、なんだか親近感を覚えます」


いのちある身で神霊に近づき過ぎた者の末路まつろ、と申しましょうか。私達はそれぞれ個体生命の肉体を生きながら、たましいは神霊の一部として融合し、開祖以来かいそいらい、連綿と統合された集合意識だけを共有しているのです」


 ヤハクィーネがリントに、いや、こちらに目を向けた。


「神霊様のお人なりも、と言って適切なのかわかりませんが、ユーディットからの報告書で存じ上げておりますわ。会話の受信も、こちらの方で同調しました。挨拶あいさつが遅れて申し訳ありません、ヤハクィーネと申します」


「厳密な定義は別として、神霊に近い存在、と認識する。ユッティが初対面と言ったのは、この場で使用している構成個体であり、同時に複数個体が統合制御下とうごうせいぎょかで行動している、ということか。以前、まじない関係は専門外とも言っていたが」


御推察ごすいさつの通り、神霊核しんれいかくを機動兵装に搭載するにあたって、ユーディットを指導した間柄あいだがらになりますわ。彼女はとても聡明で、信頼もしているのですが……正直なところ、実機稼働じっきかどうの報告書を読んだだけでは、にわかに信じられませんでした」


 無表情の中に、微笑みのようなものが混じる。


「これほど確固かっことした自我じが、自意識を示されて行動される神霊様は初めてで……そう、興奮しておりますわ。僭越せんえつながら、今後はユーディット共々、お役に立たせて頂く所存しょぞんにございます」


「状況を理解した。支援を期待する」


 ヤハクィーネが、律儀に一礼した。


 それを横目に見て、会話から少し除外されていたジゼルが、鼻を鳴らした。


「ずいぶん好意的ですね。あなたにしては、珍しいです」


「ジゼルを敵対視する相手でなければ、こちらも敵意を持つ理由はない」


「……殊勝しゅしょうなことを言いますね」


「好意的な対応が珍しいとすれば、これまで会った人間に、ジゼルを敵対視する相手が多かったというだけだ」


 ジゼルの口の両端が下がった。何か応答を間違えたらしい。


 今度は先刻より自然な笑みが、ヤハクィーネの顔に浮かんだ。


「とても良い関係性をお持ちですわね。心配のし過ぎだったかも知れません」


「心配、とは何か」


「エトヴァルト殿下にも申し上げましたが、個体生命と神霊核しんれいかくとの同調は、たましいの交わりです。互いが強く自我を持ち、相手を同等に認識し合わなければ……いずれ同調から同化に進み、個の境界を失うことになりましょう」


 神霊を研究する過程で同類と化した自分達のように、ということだ。淡々と、事実として提示する。


 研究機関の構成個体なら、その学術を志向し、認識した上の状態であるはずだ。同情する筋合いもないだろう。


「ユーディットには繰り返し教え、念を押すように言っていたのですが、申し訳ありません。彼女はどうも、物事の受け止め方が大雑把おおざっぱと言うか……」


「良くわかります」


「そちらの懸念けねんは理解した。現状、当該の危険性がもっとも高いのは、外部端末として同調を契約、行動しているリントだが」


「ええ、まあ。それも初めての事例で、明確な推定根拠すいていこんきょを持ち合わせていないのですが」


 ヤハクィーネが、また笑った。何が要因となっているのか、この短時間に、無表情が加速度的に退行たいこうしていた。


「生存本能に強く支配される野生動物の自我は、肉体に存在する限り、人間とは異質の強さを持っていると考えられますわ。ある意味、そこは安心して良いのではないでしょうか」


「後はユッティ本人か」


「んぁ……なに、呼んだ? ああ、もう、痛たた……どうしてこう、車ってのはゆれるのかしら。眠れやしない」


 たった今までの自分の行動を全否定しながら、のんきに首をさすり、背中を伸ばす。


 ヤハクィーネがため息をついた。


「眠っていなかったのなら、ちょうど良いですわ。私の話を聞いていましたね、ユーディット」


「えぇ? ネーさん、話が長いんだもの。いちいち聞いて……うわっ、やっぱ気持ちわる!」


「先生」


「ネーさん基本、女でしょ。本部じゃ、けっこうな美人を使ってたくせに。なんだって、わざわざそんなの寄越よこしてんすか、迷惑ですよ」


「人をつかまえて気持ち悪いだの迷惑だのと。仕方がないでしょう。戦時中の外地がいちたずね歩くのに、女性の身体では、色々と不都合なのですわ」


 銀灰色ぎんかいしょくの髪のいかつい顔と、穏やかな女性らしい口調の落差は、まあ、確かに違和感を喚起かんきさせていた。

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