17.正確な計上は不可能だ

 平野の自然をまっすぐ照らす旭日きょくじつに、リベルギントは、どうしようもない異物として浮かび上がった。


 赤黒い血とこけむした泥、乾いた肉片と人の内容物、小銃弾のこすったげ跡で、それ自体が巨大で腐乱ふらんした死体のような有り様だ。


 少なくとも、不実ふじつと責められる対応ではなかったはずだ。


「うわー。こりゃまた、落とせそうもない汚れ方ねえ。聞いてもしょうがないけど、何人分よ?」


「四十人程度、でしょうか」


捕捉ほそくした四十二人を殲滅せんめつしたが、全員の内容物が付着しているわけではない。正確な計上は不可能だ」


「……いっそ上からなにか、適当な色に塗っちゃおうか」


 ユッティが、灰褐色はいかっしょくの野戦服からのぞく白い胸元をゆらして、頭をかいた。少し伸びた草原のような金髪と、厚ぼったい眼鏡めがねが、無駄にきらきらと陽光を反射する。


 同じ野戦服に黒髪をい上げたジゼルが、リントと並んで座りながら、生真面目きまじめに考える顔をした。


「やはり、あなたと同じ薄灰色うすはいいろでしょうか」


「それじゃ大して変わんないでしょうが。もっとこう、秘密兵器っぽく派手でカッコ良くて、なおかつ汚れが目立たない色よ!」


「一部文脈が理解できないが、それらの要求を包括ほうかつする色はないだろう。単一の大型兵器だ、どんな色でも不都合は……」


「金色がいいなあ、僕! やっぱり一等賞の人は金色ですよ! ええと、命令したら駄目ですか?」


 頓狂とんきょうに軽い声だった。


 亜麻色あまいろのくせ毛と、童顔どうがんに似合わないあごひげ、ひょろりと背丈ばかり高いせた身体を、豪勢な陸軍大将の黒い軍服が包んでいる。


 ジゼルが立って敬礼し、ユッティは露骨に渋い顔をした。


「ひげ侯爵の次はひげ皇子……胡散臭うさんくさい奴ってのは、どうして似たような顔してるのかしら」


「先生」


「訂正しよう。彩度はともかく、明度は低い色が望ましい」


 最大限まで好意的に言えば気さくな、端的たんてきに言えば間の抜けた笑顔で、エトヴァルト第三皇子がユッティの手を握った。


「ユッティさん! 貴女あなたからの通信には、いつも心を震わせられます! まさに女神の啓示! 情報通りにロセリア帝国軍を捕捉した時の司令官達の顔、見せられるものなら見せて差し上げたかった!」


「ああ、もう、面倒くさい。そこまで言うなら、ほら、本当の功労者が集まってきてるんだから、そっちをねぎらってやんなさいよ」


 すぐそばのしげみがざわついて、低いうなり声が聞こえてきた。すぐに方々から同じような鳴き声が加わって、平野部の一角に広がった。


 リベルギントの整備や撤収作業にかかっていた兵士達が、顔色をくす。


 さすが同族でも純粋な野生の捕食動物たる面々であって、人間などに気取けどられることなく至近に間合いを詰めていた。


 給仕車から大量の生挽なまひにくが降ろされ、小分けの皿に配られる。地面に置かれるや否や、山猫達がむらがった。


 鋭い牙で、まだ血のしたたる肉をむさぼるさまは、なかなかの形相ぎょうそうだ。


 それでも無闇むやみに争うことなく、秩序がある。


 事例の発生都度、協力した全員が満足するまで食事を提供するという臨時雇用契約りんじこようけいやくの内容と、リントとの個々の信頼関係も大きい。


 だが、まあ、第三者の視点から不気味に見えるのは仕方がない。


 平然と輪の中心にいるジゼルをして、人喰い山の魔女と味方からも恐れられる所以ゆえんだった。


「すごいなあ! 本当にいろんなことができるんですね。神霊核しんれいかくと同調すれば、それ、僕にもできますか?」


 目を見合わせたジゼルとユッティの、どちらが返答するよりも早く、重々しい声が割って入った。


「なりませんわ、殿下。神霊核との同調はたましいの交わり、過ぎれば、個の境界をうしなうことになりますわよ」


 いつの間にかエトヴァルトの後ろに、白衣のような外套がいとうを着た、無表情な男が立っていた。


 銀灰色の短い髪といかつい顔をしているが、声はともかく、言葉遣いと抑揚よくようが奇妙に女性のそれだった。


為政者いせいしゃが絶対の孤独に身を置かねば、国民の生死を差配することはかないません。御身おんみほど、お忘れなさいませんように」


 男の言い回しは、丁寧ていねいでも叱責しっせきだ。恐々と首をすくめるエトヴァルトを横目に、男が、今度はジゼルに話しかける。


「あなたがフリード侯爵の御息女……いえ、今はあなた様が、フリード侯爵でございますわね。初めてお目にかかります。私、ヤハクィーネと申します」


「ジゼリエル=フリードです。父をお見知り置き下さり、恐縮です」


 とりあえず敬礼するジゼルの隣で、ユッティが、辟易へきえきしたように口をひん曲げた。


「あたしも、そんな厳つい顔は初めてっすよ。ネーさん」


「先生はお知り合いですか」


「この顔は初対面だってば」


 男が、ため息まで重々しく、ユッティを一瞥いちべつした。


「文脈が不明瞭ですわよ、ユーディット。申し訳ありません、ジゼリエル様。のちほど、順を追って説明致しますわ。されど今はまず、エトヴァルト殿下の御用件をおうかがい下さいませ」


 うながされて、全員の目がエトヴァルトを注視した。


 山猫の一匹に手を伸ばし、うるさそうに尻尾ではたかれて、りずに次のちょっかいを出すところだった。


 にゃあ、とリントが鳴いて、さすがに気がついたようだ。


「ああ、ええと……そうでした、そうでした。皆さん、お疲れのところ申し訳ありませんが、撤収作業が終わったら防衛任務を他の部隊に引き継いで、統合軍司令部に参集して下さい。大事なことなので、私が直接伝えに来ました。重要機密ですよ」


「なによ、どっかに飛ばそうってわけ?」


「先生」


「正解です! 一部の人には、文字通り飛んで頂きます」


 エトヴァルトが大げさに両腕を広げ、薄い胸を張った。恐らく意味のある動きではない。


「次の戦略目標は旧イスハバート王国、現シャハナ国トンロン属領区です。国境を越えて、イスハリ山脈を侵略します」


 これも恐らく、自分で言った重要機密であろう作戦内容を、堂々と開陳かいちんした。

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