14.ならば問題ない

 こうから飛び込み、時間と空間を圧縮する。大太刀おおだちは構えたまま、相手の動きのこりを待つ。


 三連射が、寸分違すんぶんたがわず右足首の一点を砕いた。体軸たいじくかたむく。


 飛び込みの勢いで、重心が引き戻せない。そのまま行く。右か、左か。


 クロイツェルが向かって左、右構えに開いたリベルギントの正面側にんだ。


 太刀先たちさきが、すり上げの斬撃になる。馬の首が切断されて飛ぶ。右手首の四指が折れて、大太刀も虚空こくうに飛んだ。


 首の断面から血流があふれるより早く、太刀筋たちすじの下に身体を沈めていたクロイツェルが、馬体を捨てた。外套がいとうがひるがえる。


 破壊された右足首を地に突き立てて制動し、転倒だけはこらえたリベルギントの左脇腹に、銃口が接触した。


「ここなら、撃ち抜けます」


 少し角度を上げれば、操縦槽そうじゅうそうつらぬくことも可能だろう。


 クロイツェルは、続く言葉を途切れさせた。


 親愛しんあいか、寂寥せきりょうか、どちらにしても闘争の不純物と言える、わずかな未練みれんだった。


「最後まで、本気で殺そうとは、して下さらないのですね……ですから私も、こんな終わり方は不本意ですけれど」


 ジゼルの穏やかな声に、初めて、クロイツェルの目が当惑とうわくを浮かべた。


 リベルギントに、もはや反撃の手段はないように見えただろう。


発勁はっけい、と言うらしいですよ」


 外見上の動きはない。制動時、機体の内部で充分に引き上げていた重心を、落とす。左脇腹に、接触したままの銃口に、その先に落とす。


 特殊な徒手空拳としゅくうけんの体系で発展した、重心移動の応用の一つだ。


 リベルギントの重量が、ほぼ直接、打撃の波動となって伝搬でんぱんした。


 長銃が粉々に千切れ、人体が大きく弾け飛んだ。血か、肉片か、骨か、無数の飛沫ひまつにまみれて地に落ち、転がった。


 ほとんど同時に、リベルギントも膝をついた。


 操作はなかったが、勝手に胸部装甲を開いた。少し前傾姿勢で停止している。


 操縦槽そうじゅうそうからの落ちぎわ、ジゼルの口の端が下がっていたが、そのまま地面に倒れて仰向いた。


 しばらく、ただ一つの呼吸音だけが、血生臭ちなまぐさい風に吹かれていた。


「状況は……どうなっていますか」


「身体のためには、失神を期待したのだが」


「意地でも裏切ってやろうと思いました」


 どうだ、と言わんばかりの顔だが、まだ起き上がる力もないのだろう。


 寝転がったままのジゼルを観察して、行動の判断をつけかねていると、すぐ横のしげみがゆれた。


「ありゃ。良かった、あんた達か。なんだか物凄ものすごい音がしてたから、もうホント、これでおしまいかと思ったよ」


 ユッティが泥だらけの顔と尻を見せ、隣でリントが、にゃあ、と鳴いた。


「先生。よくご無事で」


「この子が隠れ場所に案内してくれたのよ。まあ、出るとこ出てるお姉さんには、ちょっとせまかったけどね……それよりあんた達こそ、なんで戻って来ちゃってんのよ?」


 言われてみれば、この混乱した状況で、ユッティが長距離を移動できるわけがない。


 敵性部隊てきせいぶたいを追撃して右翼から中央方面へ進んだはずが、ほぼ布陣した初期地点に戻っている。


 あの戦闘の中、誘導され、敵性部隊が向かっている左翼側の国境方面から引き離されていた。


「器用な真似をする。今確認しているが、統合軍も敵性部隊の撤退に合わせて、戦線を退き始めているようだ。もともと不意をつかれた乱戦だ、無理もないが」


 中央と左翼の敵性部隊は何とか合流を果たし、崩壊を踏み止まりながら、撤退の先端が山岳部に到達しようとしている。


 秘密裏ひみつりに、周到に準備していた向こうと違い、統合軍はまだ自軍の状況さえ把握できていない。追撃はおろか、人員点呼から始める必要があるだろう。


「なし崩しに後手ごてに回るのは、上手うまくありませんね」


 ジゼルが上半身を起こし、呼吸を整える。ユッティがジゼルを見て、リベルギントを見て、軽く肩をすくめた。


「右手首は丸ごと予備と交換できるけど、左腕は、この場じゃどうしようもないわ。いっそ鋼線こうせんかなんかで、武器をそのまま固定しようか……右足首もだめね。適当に部品くっつけて、せめて接地面積を間に合わせとくけど、基本、車輪で走りなさいな」


「了解した」


「細かい作業はこっちでやるけど、重いものは自分で持って。あと他に、油くらいは差せるから、動きの悪いところがあったら言ってね」


「手伝います」


「あんたはこっち」


 ユッティが、やけに大きい水筒すいとうをジゼルに放り投げた。


 中身は、まあ、想像にかたくない。ジゼルの口の端が、また少し下がった。


 とにかく時間がない中、ユッティの矢継やつばやの指示で、リベルギントの応急処置にかかる。


 二人とも、今さら無駄な悲壮感はない。戦争が、世界大戦が、今ここで始まったのだ。


「あんたさ……自分がどうやって作られたか、興味ある?」


 右手首、左腕、右足首と、作業速度を少しもゆるめず進めながら、ユッティがつぶやいた。


 質問の形式だが、違う。肯定とみなせる無言を返す。


「ほんと、あんたの変わりっぷりには驚くわ。あたしも、まじない関係は専門外だから要約するけれど、つまり人のたましいを、神霊しんれいから完全に分離する前の状態で機械に封入ふうにゅうするわけよ」


「先生」


「こうなったからには、いつ、どこが死に場所になるかわからないしね。懺悔ざんげみたいなもんよ」


 ユッティの声の調子に、変化はなかった。


「適当な娼婦しょうふと契約してね、仕事の後に、子宮しきゅうごと中身をもらうの。魂が入ってくる前に、ほら、鳥籠とりかごみたいに神霊核しんれいかく外枠そとわくこしらえて、引っ張りこんで、まじないでふたしてさ。かご隙間すきまから神霊につながってる感じで、そんなに間違ってないらしいよ」


 最後に各関節部に機械油を差し、動車輪の内燃機関に燃料を補給して、ユッティがほおの汚れをぬぐった。


 からの水筒を捨てて、ジゼルが胸部装甲を開く。


 残った大太刀は二振り、一振りを左腕に固定し、一振りは左腰にき、右手にはいた大太刀の鉄鞘てつざやを持った。


「だからあたしは、人間に生まれるはずだったあんたのかたきってわけ。帰ってきたら、殺しても良いよ」


「意義のある行動とは言えないが、一考しよう」


「するんですか」


 ジゼルが苦笑する。胸部装甲を閉じて、脚部の動車輪を展開する。は、かたむき始めていた。


「敵性部隊のしんがりも、もうじき戦線を退く。その後の動きは早いだろう。この状況で突出すると、統合軍から攻撃される可能性もあるが」


「では、あれを拝借はいしゃくしましょう」


 今は跡地あとちになったハイロン基地機械化師団指令所きちきかいかしだんしれいじょの、剣と陽光をかたどった帝国軍旗を引き抜いて、右腰のさやの固定具に差し込んだ。


 後方斜め上に向け、右腕との干渉を最小限に抑える。なるほど、ここまで時代がかれば、いっそ清々すがすがしいというものだ。


「確認する。これまでの戦闘経験から推測して、既に消耗している敵性部隊の戦力は脅威にならないとしても、最善の場合は殲滅戦せんめつせん、最悪の場合は遭遇戦そうぐうせんとなる」


 敵性部隊の最高位が誰か判断するのは難しく、戦術目標である外国勢力との接触を防ぐためには、戦意の有無に関わらず皆殺しにする必要がある。


 また、外国勢力が予測行動で進撃を開始していれば、真正面から遭遇する危険性もある。その時は、こちらが殲滅せんめつされる側になるだろう。


「全て、承知しました」


「ならば問題ない」


 戦場の狂気、いくさのならい、言い換える言葉は自由だ。どんな残酷さもみすからのものとして、その先に立つ。


「この身はつるぎ……そして手足、力。従おう、主君しゅくん


 風と雲にはたをひるがえし、陽光を反射して、カラヴィナの大地を鋼鉄の意志が駆け抜けた。

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