13.信じてました

 ジゼルの状況判断と操縦は的確で、それだけに、繰り広げる光景は凄惨せいさんを極めた。


 実験兵器なだけに対処戦術たいしょせんじゅつが確立していないことも大きいが、陽炎かげろうを背負い、血に染まった鋼鉄の巨人が無尽蔵むじんぞうに荒れ狂うさまは、周囲全ての人間にとって、それまでの現実世界とあまりにかけ離れていただろう。


「今感じているこの感覚が、自分のものなのか、あなたのものなのか……わからなくなってきました。血にう、というのは、本当にあることなのですね」


 ジゼルの声が、陶然とうぜんとたかぶっていた。


 操縦槽そうじゅうそうからは、頭部の光学情報集積装置こうがくじょうほうしゅうせきそうちの映像と、胸元にある硝子がらす風防越ふうぼうごしに外部を視認する。


 音も、装甲でくぐもった限定的なものだが、血のにおいだけは外気と共にせまい空間に満ち、精神を高揚こうように駆り立てた。


 右翼機械化師団と言えば仰々ぎょうぎょうしいが、実際に保有していた戦闘装甲車両は四十九りょう、大演習に参加したのが十八りょう、敵性部隊が掌握しょうあくしたのは確認した限りで五りょうだ。


 その全てを撃破し、右翼の敵性部隊は機能を喪失そうしつした。潰走かいそうを始めた残存兵数に意味はない。


「中央と左翼の敵性部隊が動きを変えた。整然とはいかないが、同じ左翼側の国境方面へ撤退行動てったいこうどうに入っている。ここで逃がせば、最低基準だが、敵性部隊の戦術目標が達成される可能性がある」


 夜間やかんの山岳部で掃討戦そうとうせんは難しい。


 フェルネラント側の、それなりの階級にある軍人が救援要請きゅうえんようせいの形で外国勢力と接触すれば、内乱仲裁ないらんちゅうさい名目めいもくが整う。


「行けますね」


「無論」


 答えた瞬間、銃声が重なった。


 音響照合おんきょうしょうごう、銃は違っても、卓越たくえつした技術はあの夜と見間違えようがない。


 銃弾が二発、正確に右手首の親指に着弾し、破壊した。


 ジゼルが、咄嗟とっさに重い大槍と傾斜装甲けいしゃそうこうを捨てて、大太刀おおだちを抜いた。


 右手は四本指とてのひらで握り込んでいるだけで、その分、左手で保持する出力が過度かどになる。


 先制で、攻撃精度こうげきせいどと耐久力をけずられていた。


 弾道だんどうを逆算した先に、騎馬兵きばへいが一騎、戦塵せんじんまとうように立っていた。


 灰褐色はいかっしょくの野戦服に司令官の外套がいとうを重ね、馬上槍ばじょうそうのような機械式自動装填銃きかいしきじどうそうてんじゅうを構えている。


 常人では携行けいこうするのも難しい、対物破壊たいぶつはかいを想定した大口径の新式銃だ。


 長大な銃身と下方に大きく張り出した弾倉、ほうきのような木彫りの丸い銃把じゅうはが、ひどく不調和に見えた。


「再会の約束には、少し早過ぎましたか?」


「いいえ。きっと来て下さると、信じてました」


 真正面、一足に間合いを詰めて、突く。


 クロイツェルはまばたきもせず見切り、人馬一体で逆に飛び込んできた。


 リベルギントの踏み足、右膝を台に跳躍ちょうやくし、頭上を交差する。着地前の二連射で頸椎けいついを狙撃された。


 身をひねったのがわずかに早く、けざま、左片手横なぎの一太刀を振るう。振るいながら手放し、投げ打ちにしたが、かわされた。


 大きく間合いが離れる。


 右腰の大太刀おおだちを抜き、胸、肩、腕、腰と、次々と装甲の隙間すきまを探るような連射の中で、今度は踏み込みながらに左下段から斬り上げた。


 踏み足にかけるはずの重心を、その前方に放り出す勢いで、蹴り足をさらに蹴る。足の位置関係を変えないまま、すべるように移動する。


 縮地しゅくちと呼ばれる歩法ほほうで、斬り上げた刃を右上段から斬り下げ、また斬り上げた。


「素晴らしい。ですが、まだまだ力と重さに任せて、動きが雑ですね」


 すべてをかわし、なお射撃を重ねながら、クロイツェルが笑った。


「若い頃は、私も似たようなものでした。あなたが生まれるより、ずっと前の話です。そこからみがくのですよ。最短にも最適にも届かない技術で、私は捕らえられません」


「素敵。おじさまと、こんな風に語り合える時が来るなんて」


 一瞬の斬撃のすきをついて、左肘関節ひだりひじかんせつを撃ち抜かれた。


 過度な出力を維持いじし続けていた負荷もあり、駆動部の複数の部品が破損して、はじけ飛んだ。


 それでも、まだ動く。


 一太刀ごとに速度をひねり出し、全身の連動をり上げる。目の前の標的に追いすがる。


 ジゼルは忘我ぼうがいきにいた。身体そのものが限界を試しているように、心拍数も呼吸も体温も上がり続ける。


 赤く染まった眼球を見開き、汗に濡れた全身でなく操縦する。


 自分で言った通り、肉体とリベルギントとの境界も曖昧あいまいになっているだろう。


ごうの深い人だ。あなたは私を通して、ウルリッヒを見ている……本当はウルリッヒと、こうして語り合いたかったのでしょう」


意地悪いじわるなおじさま」


 土砂をまき上げ、樹々きぎをなで斬り、振り抜いた斬撃のまま機体を回転させ、また振るう。


 荒れ狂う鋼鉄の旋風せんぷうを、外套がいとうをちぎられ無数の小傷しょうきずを負いながら、白昼はくちゅうまぼろしのように孤影こえいが駆け、迎え撃つ。


 敵でなければ、いや敵だからこそ、感嘆かんたんを覚えずにはいられなかった。


 何度目かの対峙たいじの空白に、クロイツェルが弾倉を交換した。すきだが、わずかに距離が遠い。


 左肘ひだりひじもついに駆動が不可能になった。すべて見切られているのだろう。


「ジゼル」


「わかっています。不思議ですね……頭のしんだけが、とても冷たい」


 両脚りょうあしを前後に大きく開き、右肩を突き出して機体を真横の右構え、大太刀おおだち股下またした地摺じずりの下段に落とす。


 ここからの動きは一つしかない。捨て身の体当たりと、それに続ける一撃必倒をたのんだ太刀だちだ。


 誘導に乗って、技術にまさる相手と技術の比べ合いをしても勝機はない。


 こちらがまさるもの、防御は頑丈がんじょうさにあずけ、力と重さと大きさに任せてたった一撃だけを叩き込む。


 後は、生きるか死ぬかだ。


 クロイツェルも手綱たづなを取らず、馬上、両手で長銃を構えて目をえた。


 銃口がぴたりと静止し、射線が一筋の光となってえるようだ。


 お互い、呼吸も止まっていた。


 長かったのか、短かったのか。動いた時、リベルギントは静かだった。

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