12.あなたも一緒に来ませんか

 クロイツェルは歩兵と同じ野戦服に、仕方ないとは言え、この暑い中、司令官の外套がいとうを重ねている。


 ユッティは砂色の略式軽装で、腕まくりにすそまくり、だらしなく胸元もはだけていた。


 ジゼルが並んで、三人とも、少し遠くを見た。


「おじさま」


 ジゼルの呼びかけに、クロイツェルがなつかしむような顔をした。


「私、おじさまがうらやましかったんです。父は無口な人で、誰といても、それは変わらなかったけれど……おじさまといる時だけは、ちょっとだけ気を安くされていたようで」


「ウルリッヒとは、生まれた家柄も、育った環境も同じようなものでしたから。気心きごころが知れていたのですよ。その分、稽古では遠慮なく叩きのめされました」


「そこは武門の礼儀ですよ」


 可笑おかしそうに、ジゼルが口に手をあてた。


「父が好きで、武術にひたむきな姿にあこがれて……いつか、私もあの隣に立つんだと、同じ道を一緒に歩くんだと、子供心に決意していたものです。結局、父には、わかってもらえなかったかも知れませんけれど」


 何かを言いかけたクロイツェルの前に、伝令の兵士が現れ、無言で敬礼した。


 クロイツェルがうなずき、兵士はまた、無言で走り去った。


 ユッティが腰から拳銃を抜き、少しいじってから、苦笑して戻した。ジゼルからの借り物だった。


 クロイツェルは自身の指令所に立つ帝国軍旗を一瞥いちべつして、同じように苦笑した。


「ウルリッヒも私も、財産と才能に恵まれて、みずからが望む人生をまっとうして来ました。幸運だったと思います。ですが世の中には、そうでない人生があまりに多い……才能にとぼしくても財産に任せて人をしいたげる者、貧しさに疲れて才能を見失ってしまう者、様々です。本当に多くの人を、私達は見てきました」


「人の世の哀しさ、ですね。私も……私と、私の殺した人達は、なにが違っていたのか、ずっと考えています。同じ人間同士、なにをもってすれば結果を、今の自分を正当化できるのか……きっと答えなど、ないのでしょう」


「人間は、人種や能力によらず、平等に尊重されるべき権利を持つ。生きる意味と、価値を持つ。快適な部屋で酒を飲みながら、まじめな顔で語り合った理想です。それが今、帝国の国是こくぜになっている……満足、するべきなのでしょうね」


「お父さまにもおじさまにも、そんな若者の頃があったのですね。とても情熱的で、すぐには信じられないくらいです」


「今でも、さして賢くなってはいませんよ。本国を出立しゅったつする前に、離縁りえんの手続きは済ませています。もう受理されている頃でしょう」


るいが及ばないように、ですか」


国是こくぜなど方便ほうべんです。この戦争に勝っても負けても、人が国家の体制にとらわれている限り、なにも変わりはしません。世界と生命の関係を根底からあらためる、革命が必要です」


 言葉に、轟音ごうおんが重なった。


 間近まぢかの長距離砲が砲撃を始めていた。演習開始の号砲より早く、榴弾りゅうだんを中央の主力大隊に向けて撃ち込んでいた。


 クロイツェル麾下きか、右翼機械化師団の一部が動いた。


 装甲車両と随伴歩兵ずいはんほへいが、予定と異なる陣形を整えながら、きもをつぶした他の兵士を尻目に進撃する。


 呼応するように左翼、前衛の一部からも同じ動きが広がり、またたく間に平野全体が大混乱に陥った。


「国家ではなく社会しゃかいのもとに全ての人民じんみん共和きょうわし、生きる意味と価値をともみ出す世界……それを実現するため、世界大戦ではなく世界革命を指導するために、国家を超えた共同体の同志が行動を始めています」


「それが、おじさまの理想に重なるのですか」


所詮しょせんは闘争の道ですが、一身をけるに足ると信じました。あなたも一緒に来ませんか。少なくともを生かす機会に、不自由はしませんよ」


 クロイツェルの穏やかな声が、証拠もなく、可能性も高くなかった推論を実証した。


 再度の襲撃は不要だった。


 リベルギントの破損と、自暴自棄にしか見えないジゼルの奇行きこう衰弱すいじゃくで、目的は達成していた。


 ジゼルとユッティの大演習からの脱落、少なくとも今日以前の段階で、それは確定的に見えたはずだ。


 クロイツェルを始め、他の基地の部隊にも同志とやらは存在し、この瞬間に一斉蜂起いっせいほうきした。


 恐らく明日にでも、どこかの植民地駐留軍しょくみんちちゅうりゅうぐんが合流してくるだろう。


 一気に侵攻する必要はなく、国境付近で小競こぜいを繰り返せるだけの兵力になれば良い。


 それで充分、諸外国が介入する口実になる。


「騒乱の速やかな鎮圧ちんあつ、またとない武勲ぶくんです」


 敬礼ではなく、腰に手をあてて、ジゼルが微笑んだ。晴れ晴れとした、子供の顔だった。


「お気遣きづかいありがとうございます。でも、もう大丈夫……私は自分で望んで、今、この場所に立っているんですもの。これから先もきっと、自分の意志で歩いて行けますわ」


 リベルギントの胸部装甲に、ひらりと飛び乗った。


「戦場でお会いする時を楽しみにしています。それまでご機嫌よう、おじさま」


 クロイツェルも、答礼とうれいはしなかった。


 ほんの少し、目と目が合った。それだけだ。


 胸部装甲を閉じて、機体を起こす。後頭部から背面に伸びる積層装甲せきそうそうこうが、放熱の余波よはで空気をゆらめかせた。


「中央と左翼方面の敵性部隊は、恐らく本陣に向かっている。わかりやすい動きをしたせいで、統合軍も体勢を整え、応戦しつつある。こちらから進撃した右翼の敵性部隊は、その前線を迂回うかい、中央と左翼の敵性部隊に合流をはかろうとしているようだ。敵性兵力の分断と各個撃破かっこげきはの基本戦術に照合して、まずは右翼敵性部隊の追撃を提案する」


「そんなことまでわかるのですか」


「平野各所の樹上じゅじょうに同族を配置、視覚情報を共有している。何匹かは昼寝しているが、問題ない」


「すごい。あなたのめすあしらいも相当ですね」


「賞賛と認識する」


「少し違うのですが」


 くすりと笑い、ジゼルの手が操縦桿そうじゅうかんを握りしめた。


「参りましょう」


 脚部装甲きゃくぶそうこうを展開、ひざを前方につくようにして、両脚三基ずつの動車輪を接地する。


 補助内燃機関を発動させ、一気に加速した。


 動車輪の外縁がいえんは、圧縮空気で肉厚の特殊樹脂を支える、車の車輪の発展型だ。


 金属製の無限軌道むげんきどうに比べて走破性と耐久性は落ちるが、平地に近い環境下では圧倒的に速度にまさる。


 またしても唖然あぜんと見送る友軍兵士を置いて、一騎駆いっきがけに駆け、右翼敵性部隊の後背こうはいに喰らいついた。


 勢いのまま最後衛の隊列に突入、歩兵をき殺し、乗り上げた死体を踏み台に跳躍ちょうやく、脚部装甲に動車輪を収納して着地、大槍を振るう。


 運良く穂先ほさきにかかった者は両断されて即死し、運悪く長柄ながえにかかった者はあるいは千切ちぎれ、あるいはつぶされた身体を血泥けつでいに沈め、死にきれずにうごめいた。


 至近の装甲車両が反転するより早く、車体に大槍を突き込んだ。


 接触の瞬間、穂先ほさき微動びどうを抑え、重心移動で自重をとおす。


 剣術や槍術において、鎧通よろいどおしと呼ばれる技術だ。


 穂先の一点で圧力が焦点しょうてんを結び、車体の装甲を薄紙うすがみのようにつらぬいた。


 引き抜いた穂先は、血と機械油でまだらに汚れていた。


 恐慌を起こした歩兵が、全周方向で発砲する。リベルギントの積層装甲にはじかれた跳弾ちょうだんが、労せず敵兵力を減らしていく。


 次の装甲車両に目標を定め、人も物も一緒くたに蹴散けちらして、間合いを詰めた。


 今度はつらぬいた車体をそのままに、振り上げ、ほうる。


 装甲板の風穴かざあなから機械油と破片をまき散らし、放物線を描きながら、落ちた先で榴弾りゅうだんのように破壊が広がった。


 追って、機体ごと回転するように、鋼鉄の大槍を縦横じゅうおうに振るう。


 遠方えんぽう、装甲車両が味方兵士もろともに砲撃する。


 弾道予測、ほとんどは回避するまでもなく敵部隊だけを打撃し、至近弾しきんだんは左手の傾斜装甲けいしゃそうこうで直進をらし、さばく。


 一瞬も同じ場所にとどまることなく、動くものは破壊し、動かないものはくだき、進む。

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