11.否定できない
開いた窓から、そよ風が入り込んだ。
ずいぶん深く眠っていたようだ。猫として、少し恥じる気分がある。
ジゼルが
腰に届く黒髪だけを裸身にまとっていた。
目が合い、微笑んだ。
「あなたでしょう。あんな夢を見せたのは」
「見せた、というのは正確ではない。神霊はすべての魂の集合だが、魂そのものに個体生命の境界はない。肉体情報に
「そうですね」
「だが、消えてなくなるわけでもない。ジゼルの精神の波調を
「つまり」
「
「他の人の記憶が混在した可能性は」
「否定できない」
「あなたの目的意識が影響した可能性は」
「否定できない」
「私の願望が投影された可能性は」
「否定できない」
「すごい。なんの参考にもならないのですね」
ジゼルが、唇に手をあてて笑った。
「でも、ありがとう……いい気持ちよ。とても、いい気持ち」
笑いながら手を挙げ、大きく背中をそらした。深呼吸を二度、続けて上半身を軽くねじる。
指先、
ちょうど水平線に昇った
「朝食が楽しみです。あの煮汁以外の食事なんて、久しぶり。できればその前に、
「難しいだろう。この時間にそんなことをする習慣は、カラヴィナにはない」
「このまま、海に行っちゃいましょうか」
「いいね、その乗り! あたしも大賛成したいけど」
ユッティが、扉を開いて現れた。いつもの調子で、いつもの格好だった。
「
「ありがとうございます。先生にも、ご迷惑をおかけしました」
「この
「私はもう大丈夫です。搭乗試験も、今日から再開できます。私から言えたことでもありませんが、できるだけのことをやらせて下さい」
「気持ちはありがたいけれど、大演習は来週よ。移動と
「ですが」
ジゼルが、さすがに上衣を
「ジゼル、ユッティが正しい。
「おおう。やっぱり、あんた優しくなってる! 最初より人間っぽい」
「
「なんですか。二人して人を、
ジゼルの口の両端が下がる。補足の必要を認めた。
「間に合わないとは言っていない。ユッティ、勝手だが、リベルギントの現状から最低限、追加補修の必要な部位と再調整の
「え? あんた、いつの間に」
「
「ちょっと」
「加えて、作成した概要はこれまでの調整実績を
ジゼルとユッティが、顔を見合わせた。
見合わせて、吹き出して、そろって
「んー、さらっと無理を言うわねー」
「先生。国も人も、無理を通すのがフェルネラントの流儀です」
「あたしもそう思ってた」
にゃあ、と、リントが鳴いた。訳すまでもなかった。
「理解と協力に感謝する。ついでにもう一つ、二人に聞いておいてもらいたいことがある。朝食の後に時間が欲しい」
「それは、もちろん構いませんが」
「なによ。改まって」
「襲撃事件の背景について、だ。証拠はない。可能性も高くはないが、推論がある。こちらも精査してもらいたい」
ジゼルとユッティが、また顔を見合わせた。
今度は二人とも、笑わなかった。
********************
ハイロン基地の北西、カラヴィナ総督府がある
さらに北方へ進むと、亜熱帯の豊かな
統率された鉄と火の
フェルネラント帝国陸軍カラヴィナ方面統合軍は、
「まあ、順当ですね」
「国際的な宣伝材料を得るためだ。戦術的には、むしろ
「では、
ジゼルの声が、少し浮き立っている。
リベルギントは
全身甲冑に似た姿の、両腰に二振りずつの大太刀、右腕に
周囲の右翼機械化師団を始め、平野部には見渡す限りの大兵力が展開していた。
あちこちの指令所ごとに、剣と陽光を
本陣は、総督府発表では陸軍大将エトヴァルト第三皇子殿下の御視察とされており、最後衛の
まったく他人のことは言えないが、近衛騎兵隊の前時代的な
「身体の調子はいかがですか、ジゼル? なんのかのと言っても、演習です。無理を重ねる必要はありませんよ」
「ちょっと、ひげ。わざわざ士気を下げるなんて、司令官のすることじゃないでしょうが」
「あなたにも同じことを言おうと思って、忘れていました。まさか本当に実動までこぎつけるとは、あきれた執念ですね」
「仕事をやり遂げて
足元から、クロイツェルとユッティの会話が聞こえる。苦笑して、ジゼルがリベルギントの胸部装甲を開いた。ジゼルを見上げるクロイツェルが、少し目を細めた。
「礼装ですか」
「はい。晴れ舞台ですもの、いつ
胸を張って見せたジゼルは、白い将校用の礼装だった。黒髪を
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