10.わかっていたはずなのに
ジゼルとユッティ、リベルギント、クロイツェルとこのハイロン基地、カラヴィナ、フェルネラント帝国の戦略構想、陸軍の大演習、雑多な
「理由が物理的か心情的かによらず、他にどうしようもなかったのだから、過去に別の可能性はない。それに続く現在も、未来も同じだ。これを運命と定義するのなら、逆説的に、個体の行動も感情も自由だ。結果にこだわる意味はない」
「ひょっとして、それ、
「関係を進めている。共有と
「言うわねー。ぱっと見、機械か猫の分際で」
「全生命の集合知による論理的結論だ」
ユッティが苦笑しながら装甲板を
倍ほどに
すでに意識もないようだ。
「よし。後は、生きるか死ぬかだ」
「他の言い方がないもんかしらね」
ユッティが、今度は装甲板を
********************
正気に戻ると、緊急手術で両腕を切断すると言い始めた。
ユッティがなだめたりすかしたりで拒否すると、最後は、もう知らん、好きにしろ、と
それでも最低限の栄養剤と抗生物質を投与して、ジゼルの自室まで運ばせてくれた。責任感の強い人物のようだ。
ジゼルの上半身は
発熱もひどく、衣服を着せることも難しかった。
汗と
「年頃の
「相変わらず自由な発想だな」
「あたしは
どこまで本気なのか、恐らく本人にも明確ではないだろう。
一日一度、軍医が無言で注射に来る以外は、二人と一匹の時間が過ぎた。
三日目の夜半に、ジゼルの目が開いた。
「動こうとするな。まだ危うい状態だ」
「腕は……ありますか」
「ある」
ジゼルが、長い吐息をもらした。
「
「ウルリッヒ=フリードも、ここにいれば同じことを言っただろう」
「その名前、久しぶりに聞きました」
以前にも向けられたことのある、怒りとも憎しみとも判然としない、強い感情のゆらぎが声に宿った。
「どうしてでしょうね。わかっていたはずなのに」
「無意味なものを継承する必要はない。多くの時間と労力を費やすのであれば、なおさらだ」
「父自身も、継承したことを
問いかけではない。ジゼルの目から、涙がこぼれた。
「そんなはずない。好きで、一所懸命で……それくらい、見ていればわかります。私だって、同じように好きで、一所懸命になりたくて……どうして、それだけじゃ駄目だったの……?」
「彼は、武門に未来を
「勝手ですね。勝手に決めて、勝手に捨てて……それなら、
ジゼルの唇が、
「父が見ようともしなかった未来を、私が見つけます。武門として世に出て、身を立てて……それから、お墓の前で、ざまあ見ろって言ってやるの」
言葉の最後は、かすれて消えた。
ジゼルの枕元に立ち、前足を
ジゼルの呼吸はまだ不規則で、このまま目覚めない可能性もある。そうなれば、これからの行動も、まったくの無駄に終わる。
ほんの少しの思考の間に、リントが、にゃあ、と鳴いた。
考える必要はない、生物にはそういうことがある、と、
********************
ウルリッヒ=フリードは武門の家に生まれて、
時代と発展途上の社会構造の中で、特異な存在ではなかった。
一人娘を
手段はある。
幼い娘が文武の素質を備えているようなら、厳しく育てて当主にすることも、できなくはないだろう。
だがウルリッヒは、どの手段も気に入らなかった。
そこまでする意味が本当にあるのか、と思った。そのことに戸惑った。
馬上、華やかに戦場を駆け、名誉の剣に
一発の銃弾、一滴の燃料、一個の生命が、等しく無数に消費される、より洗練された戦場の形態に、武門の家柄など薬にもならない。
指揮官が武勇第一の英雄ではなく、軍隊が
もちろん、すぐに全てが変わるはずもない。娘の世代ぐらいは、武門の名誉に生きることも可能だろう。
だがそれでは、娘が費やすであろう多くの時間に、なんの価値もないという結論になりはしないか。
まだ自分の身長ほどもある木刀に振り回され、泣きそうになっている娘を見て、ウルリッヒは胸を痛めた。
自身の力が及ばない未来に、一人の人間の小ささに、
「ごめんなさい……ごめんなさい、お父さま。私、もっと練習するから。上手になるから。お父さまみたいに、絶対、なるから……」
そんな必要はない。子は、ただ子であるというだけで、親に愛される資格を持っている。
おまえを愛している。おまえは、ただ自由に生きれば良い。
幸せを願っている。
だが、思いを言葉にして伝える
それが自分の罪であることを知りながら、最後に娘の目を見て、ウルリッヒ=フリードは生涯を閉じた。
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