9.さらっと言うわね

 思慮深しりょぶかいことが、常に有益ゆうえきであるとは限らない。軍人として、少なくともユッティからは高く評価される人物なのだから、部下の管理権限を強制しても良い場面だ。


 どことなく、遠慮えんりょのようなものが感じられた。


「なんか、嫌みに切れ味がなかったわねえ。犯人捜しが上手くいってないのかしら?」


「厳しいだろう。爆発物の持ち込みはともかく、基地内で銃を使用している以上、複数の協力者がいることは明白だ。撤退を支援するはずの狙撃手が、状況を察知さっちして即座に口封じを優先したことから、計画の周到しゅうとうさもうかがえる。仮に弾頭から銃を特定できても、整合する状況証拠はそろわないだろう。死亡した二人に至っては、金で雇った部外者の可能性が高い」


「そこまでして、まだまともに稼働してない実験機を壊したい理由なんてある?」


「国家や、正規の軍隊にはない。神霊しんれいは人の魂と同義だから、技術転用を冒涜的ぼうとくてきとみなす宗教組織、あるいは同種の技術開発で競合している他国機関、そういった可能性が考えられるが、いずれにせよ基地内の、かなり高位の管理者が協力しているはずだ」


「ますます大がかりねえ」


「本来の目標が別にある攪乱かくらんの可能性、基地の責任者であるクロイツェルの失脚を複合的に狙った可能性もある。直接の因果関係に思い至らなくても、事件性を持つ状況は継続していると考えた方が良い」


「その割には、こんな襲いやすい状態なのに、放ったらかしじゃない」


「こう見えて仕事している。夜間警戒には、協力的な三匹の雌猫も加えて、哨戒範囲しょうかいはんいを広げている」


「あ、本当によろしくやってたんだ。一匹増えてるし」


 リントは今、風通しの良い枝の上で、ずっと眠っている。


 時折耳を動かして、ジゼルの打撃音を確認する。もう慣れたものだった。


 ユッティの上半身が、操縦槽そうじゅうそうからい出てきた。手足を大きく伸ばす。


「放ったらかしと言えば、ジゼルもどうなのよ。あれでそれなりの見込みとか傾向けいこうとか、あるもんなの?」


「順調すぎて驚くほどだ。もうすぐ限界に達するだろう」


「んん? あんたの言い方を真似するみたいだけど、前と後ろがつながってなくない?」


「木を切り倒すというのは、確かに行動目標の設定だが、要旨ようしはその過程かていで筋肉を回復不可能な状態にまで破壊することにある」


 充分に太いみきへ、のない道具を打ち込むと、ほぼ全ての衝撃が打った側に反射する。


 正しく体重を乗せた打ち込みであれば、その衝撃を腕と胸、腹部の筋肉を締めて受け止めることになる。


 特に胸から腹にかけての内層筋ないそうきん、姿勢を固めるための筋肉を酷使こくしする。


「全力の打ち込みを続けることができれば、肉体の自然回復力を超えた細胞破壊が累積るいせきし、最後は複数の筋肉組織が連鎖断裂れんさだんれつする。確率的には腕と腹部だが、断裂した部位が動かせなくなり、衰弱から昏睡こんすいする。後は、そのまま死亡する場合と、意識を含めて部分的な回復にとどまる場合がほとんどだ」


「さらっと言うわね」


「武術が伝える普遍的な要旨ようしに、重心移動という概念がある。人体を一つの固体とした場合の自重の中心、へその付近だが、これを流動的に移動させる技術だ。具体的には胴体の内層筋を随意ずいいに操作し、それに合わせて手足の筋肉を締め、反作用を生むことで重心を引っ張り上げる感覚だ」


 人体が通常行っている歩行、動歩行どうほこうを発展させた身体操作しんたいそうさであり、体得たいとくすると見た目の慣性かんせいや重力から離れた動きが可能になる。


 ジゼルが見抜いた通り、前後がつながらない動作や姿勢の制御を、動きの中で重心を自在に移動させることで、流れるように実行する。


「本来、型稽古かたげいこで指導側の動きから機微きびを読み取り、長時間かけて自分の動きを変えていく過程が要求される。だが、そうは言っていられない場合も多かったようだ。生存確率こそ低いものの、急場しのぎの鍛錬法もこうして存在している」


 衝撃反射しょうげきはんしゃの大きい打ち込みを通じて、内層筋と、反作用を生む末端筋肉まったんきんにくの締め、それぞれの動きの機微きびを認識する。


 その上で、細胞破壊から回復への転換が速やかに、かつ充分に行われるだけの肉体的素質を備えていた場合に限って、実際に動きを再現できる筋組織と神経が再構築される。


「そりゃあ、今さら博打ばくちでもなんでも、つき合うけどさ。あたしに説明するぐらいなら、ジゼルにも最初から教えてあげて良かったんじゃない?」


「今頃は全て体感している。そうでなければ、教えても無駄だ。対して、ユッティに説明した目的は別にある」


「あたしに説明した目的? なによ、引っかかる言い方するわねえ」


「重心移動、と言葉にしたが、理屈としては知っていたはずだ。確認したい」


 人体と完全に同一ではないリベルギントの機体構造が、重心移動を再現できたことは、偶然ではあり得ない。


 筋肉の構成と動作の関係性を分析し、機体構造に再構築する過程で、認識と理解を経由しているはずだ。


「人体と動きの、模範もはんとした人物がいる。推測するに、ジゼルにも近しい間柄あいだがらだが、情報共有に意図的いとてきかたよりがあるようだ。人間関係を、情理的じょうりてきな面も含めて正確に理解する自信はないが、この際、可能な限りの補完をしておきたいと考えている」


「んー、ちょっと買いかぶりかな……確かにいろいろ参考にしたけど、あんたが言ったほど明確な知識じゃなかったよ。実際に壊されるまで、どこにどんな負荷がかかるか、想像できてなかったしね」


 ユッティが、両掌りょうてのひらを広げて見せた。降参を意味する仕草だ。


「ウルリッヒ=フリード侯爵、享年きょうねん48歳。もうすぐ4年目かな、過ぎてみると早いね。お察しの通りジゼルの父親で、あたしは、まあ、心と肌のぬくもりで通じ合った関係ってやつ?」


生殖行為せいしょくこうい婉曲表現えんきょくひょうげんと理解する」


「確認しなくても良いのよ? つけ加えると、侯爵夫人の亡くなった後だから、真っ当な恋人とは言わないまでも不道徳じゃないわ」


「考慮する」


「よろしい。もともと神霊核しんれいかく中枢制御ちゅうすうせいぎょ動電力供給どうでんりょくきょうきゅうえた機動兵装の研究は、魂の安定化を狙って、かなり早い段階から人体を模した構造に終着していたの。それで、帝国軍でも武門筆頭のお家柄いえがらに協力を依頼して、話したり見たり聞いたり触ったりしてる内に、ちょっとれて円熟した雰囲気ってやつ? くらっと来ちゃって、もう仕事を盾にぐいぐい行ったわけよ」


「経緯ははぶいて問題ないが」


「なによー、そっちから振ってきた話題じゃないの」


 口をとがらせながら、それでも方向修正は受け入れられたようだ。


「あたしみたいな物好きはともかく……武門だ武術だってのに先がないのは、その通りだと思うわ。銃だ大砲だ、戦車だ戦艦だって、効率的な道具はどんどん増えていくもの」


 ユッティが、肩をすくめて自嘲じちょうする。


「まじないと人の魂で、鎧兜よろいかぶとを動かして手道具振り回すなんて、周回遅れもいいところよね」


「おおむね同意する」


「それでもこだわって、引っ張られて、こんなところに行き着いちゃってさ。ジゼルのこと、笑えないわ。クロイツェルだって……あたしとは、んー、まあ、遠縁なんだけどね」


 ユッティがまた、力なく笑った。


「あんにゃろうにとっちゃ、世話になった先輩筋せんぱいすじが死んで跡継ぎ未定、侯爵位も暫定ざんていで、自分が繰り上げの武門筆頭ってなってさ。17歳の小娘に申し訳ないやら気をつかうやらで、あの調子よ……あたしら三人、そろいもそろって、いまだに死んだ人間中心につながってる似た者同士なわけ。こういう情けない感じ、わかるかなあ」


「影響力の大きい人物の場合、そういうこともあり得るだろう」


「ありがと。あんた、優しいことも言えるのね……。ね、この際、情けないついでに聞いちゃうけど、あんたもしかしてウルリッヒの生まれ変わりとかじゃない?」


「もちろん神霊の一部として含有している。だが、以前もなぞらえたように、煮汁に溶けた成分と原材料の固体を同一に定義はできない」


「やっぱ基本、優しくないわ」


 ユッティの主観的評価はともかく、補完しておきたかった情報は得られた。

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