7.一つだけで良いのです

 翌日からの搭乗試験は、大きな遅滞ちたいなく進行した。


 調整室の壁には大穴が開いたが、機材が無事だったことが幸いした。屋根と同様、こちらは両開きの板戸いたどで、即席の搬入口はんにゅうこうとした。


 起動から歩行、基礎動作における各部の負荷、搭乗者の操作性、反動の有無などを細かく測定し、調整を加え、最適値にすり合わせる。


 屋外の苛烈かれつな陽光にさらされながら、膨大かつ繊細せんさいな作業をこなす必要があった。


「責めるわけじゃないけどさ。いきなり無茶苦茶な機動してくれて、あっちこっちゆがんだり壊れたりして、大変よ」


「謝罪する。搭乗者の操作がない単独の戦闘機動では、全身の制御に情報処理が追随ついずいしない。これだけの重量物を、加速度制御かそくどせいぎょなしに動かせば、負荷が構造体の強度限界を超えてしまう」


「んー、手持ちの資材と調整で、どこまで持っていけるかしらねえ」


「部品の損耗そんもうを完全に防ぐことはできないが、環境条件を加えた最適な調整と、搭乗者に状況判断と操縦を任せることで、こちらが各部の制御と動電力どうでんりょくの供給のみに専念すれば、あるいは現実的な稼働限界を確保できる可能性もあるだろう」


「頼りにしてるよー。いや、ほんと、かなり真面目にさ」


 調子の変わらないユッティに対して、ジゼルは寡黙かもくだった。


 作業の合間になると、離れた木陰で太刀たちを抜き、いくつかの型をんでいる。


 今も、深く腰を落として逆太刀ぎゃくだちに構えた、昨夜と類似した型で動きを止めていた。


「昔、父の稽古けいこを盗み見た中に、この型がありました」


 近付いたリントを、軽く見る。


「教わったわけではないので、不正確です。けれど、剣を扱う武術の型には、似たような構えが多く見られます。前後の動作が遅れる、現実的ではない型が、なぜ普遍性ふへんせいを持って継承されているのか……ずっと不思議でした」


 ジゼルが片膝立ちになり、地面に突き立てた太刀のみねに、手を添える。昨夜と同一の形だ。


「このようにして使うのですね。まさか、銃弾を防ぐため、だなんて」


「銃が開発されてから長い期間、銃弾は球形の鉛玉なまりだまだった。きたえたしんに当たれば、割れ散った。弾道自体も、銃弾の回転がなく、ぶれて飛ぶ。身体の中心をねらえなくするだけで、命中率は大きく落ちた」


 現在普及している、尖頭形せんとうけいの銃弾が回転しながら射出される新式銃に、どこまで有効かはわからない。


 気休めの古い技術と言えば、それまでだ。


「父は生前、ついに一度も、私に稽古をつけては下さいませんでした。武術は役目を終えた消え行く技術、武門の継承など無意味だと、いつも言っていました。私は父の言いつけにそむいて、盗み見た型を一人で鍛錬たんれんし、機会を探しては他の武術門下ぶじゅつもんかに指導を受けました。ですから、正統な武術を知りません」


 立ち上がり、太刀を納めて、ジゼルが自嘲じちょうの笑みを浮かべた。


「あなたは、知っているのですね」


集合知しゅうごうちとしての神霊しんれい蓄積情報ちくせきじょうほうには、当然、これまでに存在したすべての武術が含まれている。だが、それとは別に、個体生命として存在した直近の過去、確かにそれらの技術体系に関係性を持っていた可能性が高い」


「記憶があると」


「少し違う。他の情報に比べて、検索が容易だ。重要性、あるいは嗜好性しこうせいが高かったと推測できるだけだ」


「充分です。私に教えて下さい」


「意義のある行動とは言えない。太刀を例にしても、有効な使い方にそれほど多くの種類はない。大同小異だいどうしょういの知識を増やしたところで、むしろ行動選択に迅速じんそくさを失い、生存確率を下げる危険性がある」


「一つだけで良いのです」


 ジゼルの目に力が込められた。


 つかんだ糸を離すまいとする、必死の力だった。


「昨夜の投擲とうてきもそう。単純な下手打したてうちの型なのに、前後の動きをつなぐ、力の流れが見えませんでした。型を正しく認識し、身体を使うための、根本的な、なにか……私の身体が知らない原理を、あなたはリベルギントで体現した。違いますか」


「リベルギントと人体は、似ていても異なる構造体だ。同じ使い方が最適の解であるとは限らない」


「それでもあなたは、より高い水準を提示ていじしました。私をもてあそぶつもりがないのなら、自らの行為こういに責任を取りなさい」


 一歩も退こうとしない、痛ましいほどのかたくなさだった。


 あえて言えば、無意味な強さだ。


 武門などにこだわらず、無数に存在する他の価値観に目を向けることが、なぜできないのか。


 それは、まったく内在的ないざいてきな要因だ。


 近く始まるだろう戦争の最前線に、17歳の女性を必要とする外来的がいらいてきな要因など、ありはしない。


 ジゼルは自分を、志願してここにいる軍人と言った。


 ジゼルが内に持つ意志が、みずからを古色蒼然こしょくそうぜんたる一技術に拘泥こうでいさせ、その延長線上にある死地しちへと束縛そくばくしている。


 個体生命にとって死を回避できない行動基準は、多くの場合、無意味だろう。

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