6.太刀を立てろ

 大演習とは、フェルネラント帝国本国から皇族こうぞくと軍首脳を招いて行われる、カラヴィナ方面統合軍の史上最大規模となる模擬戦闘演習計画もぎせんとうえんしゅうけいかくだ。


 フェルネラント帝国の仮想敵国は、まあ、自国以外の全てだが、あえて危険性に優先順位をつけるなら、オルレア大陸の北方諸国が筆頭となる。


 本国同士の直接戦争ではなく、体裁ていさいとして、まずは属領地の偶発的ぐうはつてきな紛争を演出し、諸外国連名しょがいこくれんめいの仲裁という形で介入の手順を踏むだろう。


 想定される侵攻経路は、フェルネラント帝国東方海域を大きく迂回うかいしてマリエラ群島を制圧する海路方面と、オルレア大陸の内陸部を進んでカラヴィナ北部を制圧する陸路方面に大別される。


 前者は侵攻側が海上の長距離遠征となり、物資の補給も望めず、気候要因も大きい。そして海洋国家フェルネラント帝国の海軍力と、正面衝突する危険性がある。


 内陸部はすでに環極北地方国家群かんきょくほくちほうこっかぐんの植民地支配が確立しているのだから、やはり陸路が順当だ。


 カラヴィナは、世界戦争初戦の最前線となる。


 それに備えて、カラヴィナ総督府以下、主として北部方面の各駐屯基地かくちゅうとんきち本国大本営ほんごくだいほんえいからの増援兵力を受け入れ、指揮系統の整理と部隊の再編成に追われていた。


 リベルギントはあくまで実験兵器だが、大演習の晴れの舞台では、独立遊撃兵力として右翼側の主力機械化師団を側面支援する役割を与えられていた。


 過分かぶんと言える。ジゼルが立身出世を気負うのも、無理ではない。


 そのせいか、宿舎二階の居室に窓から入った夜半過ぎ、ジゼルは眠ってはいなかった。


「ふふ、お疲れ様、で良いのでしょうか。こういう状況の挨拶あいさつなんて、考えたこともありませんけれど」


一概いちがいに最適解はない。逆の立場になった時、希望する例があれば覚えておこう」


「それこそ想像したこともありませんが……やっぱり、にゃあ、でしょうか」


 可笑おかしそうに、寝台から起き上がる。月明りでも、視界は十分のようだ。


「目が慣れているなら、明かりは点けない方が良い。侵入者が二人、調整室だ」


「……物取りにしては、勘の働かないやからのようですね」


「持ち込んだ物を設置している。恐らく爆発物だ」


「先生は」


「中庭で寝ている。危険はないだろう」


 苦笑しながら、ジゼルが手早く軍装を身に着ける。


 革帯かわおびを締め、太刀たちき、拳銃の装弾を確かめる。


「間に合わない時は、脱出できますか」


「可能だ。今すぐ行動しても良いが、こちらの主体がリベルギントに内在していることは知らないらしい。集団の一部と仮定した場合、情報を隠しておくことも利点になると考える」


「賢明ですね」


「侵入者の手際は良くない。作業を終えて撤収てっしゅうする辺りを、抑えられるだろう。二人が別方向に逃げた場合は」


「一人を任せます」


 ジゼルが駆け出した。装備の音はおろか、足音もしない。


 猫から見ても、なかなかと言える運動能力だ。


 一階に降り、裏手に出て、調整室のある別棟を遠巻きに見る。


 夜風が、道端みちばた樹々きぎを軽くゆらした。


「導火線を伸ばしている。高度な制御装置はない。二人が撤収した後に消火する」


屋内おくないで制圧する、という策は」


「爆発物の携行量が不明だ」


 逃げ場がなく、遮蔽物しゃへいぶつの多い屋内で、自滅覚悟の反撃を受ける可能性がある。


 ジゼルも素直にうなずいた。


「待ち伏せで、不意を突くのが理想ですけれど」


「都合よくいきそうだ。今、扉を出た。単純に、二人そろってこちらの方に向かって来る」


 ジゼルが道端の木陰に身を隠す。


「あなたはこずえに」


「了解した。索敵さくてきと情報支援を継続する」


 リントが、少し離れた位置の木に登り、枝葉えだはに隠れる。


 夜目も動体視力も、人間の及ぶところではない。


 リベルギントの本体を動かし、導火線をり消したのとほぼ同時に、リントの眼下を侵入者達が走り去った。


「手前側の一人がやや先行。どちらも腰に拳銃、周辺警戒はできていない」


 無言、一呼吸置いて、ジゼルがおどり出た。


 迂闊うかつに走る侵入者達の横合いから、太刀たちが、抜き打ちに払われる。


 ジゼルの一閃いっせんは、太刀筋たちすじえと裏腹に、狙いも何もない、どうを腕ごと叩き斬る荒々しい剣だった。


 走る勢いのまま、血と内臓をまき散らして、侵入者の一人が転がった。認識が追いつかなかったのだろう、もう一人が、ただ立ち止まった。


 ジゼルが真正面に立ち、一度、月光に太刀をかざしてから鼻先に突きつける。侵入者が声もなく、尻をついた。


 捕らえるにしても、二人同時は難しい。思い切りの良い、冷徹な判断だった。


 剣術も、最小限で制圧する段取りも、見事なものだ。切っ先だけが、わずかに震えていた。


 リントが木を降りて、座り込んだ侵入者の動きを、後ろから注視する。


 腰の拳銃を探る動きでも見せるかと思ったが、そんな胆力たんりょくもないようだ。後は相手の衣服でも使って、動きを封じるだけだ。


 ジゼルをうながそうとした瞬間、聴覚からの反射で、横に飛んだ。


 銃声だ。後方、仰角ぎょうかく、遠い。


「遠隔狙撃だ」


 狙撃者の銃弾の、一発目は、土埃つちぼこりを上げただけだ。


 だが、夜にも関わらず弾着位置を修正した二発目の狙撃が、侵入者の背中を破壊した。


 背骨と心臓を砕いたのだろう、皮袋かわぶくろが破れるように人体が崩れた。


 遠距離の狙撃でありながら、素晴らしい技量だった。


 ジゼルは、動いていなかった。


 状況がわからないはずはない。動けないのだ。


 思考は鋭敏に働いても、感覚が、太刀から右腕に伝わった斬撃ざんげきの重さが、身体を持って行こうとする。


 こらえて、足を踏みしめる。


 初めて人を殺した時は、そこまでが限界だ。はっきりと認識できた。同じ瞬間を、多くのたましいが経験し、知っていた。


「かがめ。太刀を立てろ」


 はじかれたように、ジゼルの身体が沈む。


 片膝立ちの正面、太刀を地面に突き立て、みねに手をえる。


 身を隠すためではない。こう、弾丸を斬るためだ。


 三発目が来ない。狙撃者の、逡巡しゅんじゅんがうかがえた。


 リントが、叱咤しったするように、ジゼルの横に立つ。


 リベルギント本体に制御の主軸を移す。最大限に自律稼働じりつかどうさせ、調整室の壁を破壊、外に跳躍ちょうやくする。


 破壊の轟音ごうおんは、爆破とは規模が違う。狙撃者も、恐らく瞬時に気がついただろう。


 巨大な機体を月下、水平に、再び跳躍させる。


 一挙動のまま、身をひるがえす。


 飛び散っている壁の破片をつかみ、下手打したてうちに投擲とうてきした。


 調整室のある別棟の二つ隣、倉庫屋上、弾道から逆算した狙撃点だ。


 着地、すり足を滑らせて移動し、立ち上がってジゼルへの射線を断つ。投げた破片が、倉庫屋上の一部もろとも粉々になった。


 一呼吸、静寂。それ以上の状況変化がなくなった。


 確認はできないが、恐らく逃げられただろう。


 目的が対立する集団がある。詳細は不明だが、今夜は痛み分けだった。


 有利な状況にいただけに残念だが、分析と対策は後のことだ。


「ジゼル、動けるか」


 ジゼルの横にいたリントが、にゃあ、と鳴いた。


 ジゼルは、聞こえていないようだった。


 黒い瞳に、怒りとも憎しみとも判然としない、強い感情のゆらぎが見えた。それは明確に、こちらへと向けられていた。

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