4.個人的な関係性もうかがえたが

 男は馬上でもわかるほど背が高く、肩幅も広い。初めて認識した時のジゼルと同じ、高位軍人の白い礼装に、軍帽を被っている。


 浅黒い肌に銀色の短い髪と口ひげをたくわえ、青い目が、ジゼルに優しく向けられていた。


「クロイツェル司令、これは、お恥ずかしいところを……」


 ジゼルの言葉と、敬礼しかけた手が、途中で止まる。


「最初に言ったことだが、この言葉は指向性の発信で、ジゼルとユッティだけが感知している。応答に注意を払わなければ、第三者からは奇異に見えるだろう」


 ジゼルに急激な頭部全体の上気、発汗、動悸の乱れがうかがえた。


 窮地きゅうちであることはわかるが、猫としては如何いかんともし難い。


 ふと、あくびがもれた。意図したわけではない。


「こら、そこのひげ侯爵! うちの若い子にちょっかい出すと、奥さんに言いつけるよ」


 やや、友好的ではない声がした。昼食の準備が整ったのだろう、ユッティがクロイツェルの後ろに、腰に手を当てて立っていた。


 クロイツェルが馬上で、少し大げさに肩をすくめた。


滅相めっそうもない。ですが、あなたこそ、まだまだ若い女性がそんなはしたない格好をして。お祖母ばあさまに言いつけますよ」


「ばっ、ばあちゃんは関係ないだろ、この卑怯者! 勘弁してください!」


「仕様のない人ですね。ジゼル、ああいう所を見習ってはいけませんよ」


「は、はい。恐縮です」


「ええ? そこは、もうちょっとなんか擁護ようごしてよ! 恩師よ、あたし」


「自分で言いますか」


 普段ならジゼルが言いそうなことを、クロイツェルが言う。どうやら各々に、親しい知己であるようだ。呼称と階級章からして、ジゼルには上官でもあるのだろう。


 ユッティにとっては、まあ、珍しく会話の主導権をつかみ損ねている様子だった。


「一緒に食事でも、と言いたいところですが、これから総督府に出向かなければなりません。いずれまた、機会を改めさせてください」


「そんな気取るほどの食事処もないでしょうが」


「あなたにはもちろん、相応ふさわしい格好の一そろいを手配しておきますよ。請求は本家宛てにします。嫌なら、それぐらい自分で用意なさい」


「人でなし! 立て替えてくれても良いのよ」


「先生」


 クロイツェルが苦笑した。


「考えておきましょう。ですが……そうですね。言われてみれば確かに、ここよりも本国で招待したいものです。妻も、ジゼル、あなたを心配していましたよ」


「クロイツェル司令……」


 ジゼルが、踵をそろえて敬礼した。


「私は、志願してここにいる軍人です。お気遣きづかいは無用に願います」


「そういう所が、心配なのでしょうね」


 クロイツェルも馬上から返礼する。言われっぱなしだったユッティが、最後の抵抗のように、鼻を鳴らした。


「こんな僻地へきちでもお馬の遠乗りなんて、優雅なことで」


「それはもう、まったく上達しなかったあなたと違って、退屈な移動も優雅な息抜きに変えられるんですよ」


 文字通り後ろ足で蹴らんばかりにだめ押しして、クロイツェルが駆け去った。


 少しして、慌てたような軍用車が後を追う。


「アルフレート=クロイツェル侯爵、42歳。フェルネラント帝国陸軍少将、カラヴィナ総督府執政次官、カラヴィナ駐屯軍第三機械化師団長で、このハイロン基地の司令官様。まあ、頭数だけ多いお偉方の中じゃ、ずいぶんとましな方よ」


 比較の仕方が穏当ではないが、散々やり込められたユッティをして、クロイツェルの評価は高かった。


「いけ好かない性格してるけどね。あんにゃろう、若い、に、まだを二つもつけやがって」


「先生」


「情報提供に感謝する。個人的な関係性もうかがえたが、他に共有するべき情報は」


「ありません」


 ジゼルが、じとりと、恨みがましい目を向けた。


「そんなことより、見損ないました。私の不注意とは言え、窮地きゅうち傍観ぼうかんするなんて」


「相互認識の補完が遅れた。その責任の一端は感じているが、あの状況で、事態の好転に寄与きよする現実的な行動は皆無だった」


「あくびをしました」


「謝罪する」


「言葉だけでなく、誠意ある行動を要求します」


「具体的には」


「抱っこさせなさい」


 ジゼルがしゃがんで、両手を差し出した。


 なかなか、したたかに状況を利用することも覚えたようだ。


「あー、そうだ。昼食に呼びに来たんだっけ」


「だ、そうです。参りましょう」


 一応、リントの意思も確認してみる。いろいろとんでくれたようで、もう一度あくびをしてから、するりとジゼルの腕に納まった。



********************



 集合知しゅうごうちの情報を、改めて整理する。


 フェルネラント帝国も名前は仰々ぎょうぎょうしいが、さほど威張いばれた国勢こくせいではないようだ。


 最後発さいこうはつ帝国主義転換国家ていこくしゅぎてんかんこっかであり、オルレア大陸の南東から太陽軌道たいようきどうに伸びるカラヴィナ半島と、東西に20000を超える島嶼とうしょからなるマリエラ群島の、二つの属領地が描くなだらかな曲線、そこから昇る旭日きょくじつと象形される多島海が勢力圏だ。


 中核の5島と、放射状に広がった島々が、突出を繰り返す長大な領海線を描いている。


「もうちょっと大陸から遠いか近いかしてくれれば、こんな苦労はなかったのよ。割と真面目にさ」


 夕刻、まだ太陽は明るいが、暑さは徐々に退いていた。


 ユッティが作業をしながら、愚痴ぐちをこぼす。リベルギントの胸部装甲を大きく開いて、上半身を逆さに潜り込ませ、配線と内部機材の微調整をしているのだから、ジゼルから見れば、ゆれる尻と話しているようなものだ。


 そしてその言葉の通り、現状において、フェルネラント帝国の立地条件は負の側面が大きかった。

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