3.見ればわかります
ジゼルは、軍服に変わりはないが、今日は砂色の略式軽装を着ていた。薄手の服が身体を細く見せて、
屋根の穴に跳ね上げの
部屋の大半を整備調整用の機材とリベルギントが占めており、狭く、暑苦しいのは仕方がない。
ユッティは
ジゼルの目線が順に移動して、不審そうに止まる。説明の必要を認めた。
「猫だ」
「見ればわかります」
毛並みは悪くない。薄灰色の短毛種で、若い健康な雄だ。
「あなたの言葉が、猫から聞こえるように感じます」
ジゼルに向かって、にゃあ、と鳴いて見せた。
「まさか……身体を乗っ取った、なんてことは」
「そこまでの強制力はない。だが幸い、彼とは契約が成立した」
電気信号による会話の要領を発展させて、こちらの意思を対象に伝達する。内部反射と共振を利用して対象側の電位変動を返信、解析することで、疑似的な知覚の共有を実現したのだ。
「充分な食事と睡眠、保温環境下の居住空間を提供する見返りとして、可能な限りこちらの意思に従う行動を条件とした、公正な契約だ。こちらの主格はリベルギントに内在しているが、彼の知覚を外部端末として利用できる。彼は同種族の個体の中でも、他者に対する親和性、協調性が極めて高く、現在のところ大きな精神的負荷もなく行動してくれている」
伸びてきたジゼルの手を、するりと避ける。
「彼の自由意思だ。初対面だからだろう」
「そうですね」
「不満が顔に出ている」
「出ていません」
「それじゃあ、さ! 名前、リントにしよう。リベルギントじゃ長いから、略してリント。可愛いと思わない?」
ジゼルばかりか、彼までも、困惑したような目をユッティに向けた。
ユッティの文脈が難解なのは、普遍性のある事象のようだ。
「つまり、あなた達を区別して考える必要もないってことでしょ。まとめてリント。よろしくね!」
にゃあ、と鳴いた声を強いて訳すと、勝手にしろ、となる。
順応が早い。
同じリントとしてならうことにする。
「そろそろ昼食の時間帯だ。契約の履行を要求する」
「そうねえ、出入りのおばちゃん達も来てるだろうし、適当に
「やぶさかではありません」
「昨夜、食糧庫の近くで兵士に襲われかけた。類似状況が発生した場合は、交渉による鎮静化を期待する」
「楽しそうでなによりです」
ジゼルとリント、一人と一匹で、外に出た。視覚情報の光量が調整された。
リントの
「フェルネラント帝国属領カラヴィナ。総督府を置いて二年に満たない、新興の工業化計画地域です」
「植民地とは少し違うようだな」
集合知の情報を整理する。
技術的、経済的に先行発展した国家が他国の
旧カラヴィナ王国は、亜熱帯性の気候と平坦な土壌、多くの河川の水資源による農業を主産業とした、前近代的な多民族国家だった。
フェルネラント帝国カラヴィナ総督府は設立以降、道路、
全ての資金はフェルネラント本国からの持ち出しで、何より、属領民に対する教育その他の権利をほとんど制限していないことが、厳密な意味での植民地支配と大きく違っていた。
「自国の都合で他国に介入する。本質は、さほど変わりません」
「本質そのものに意味はない。
ジゼルの目が、少し丸くなった。
「意外です。あなたは、言ってみれば、生命の本質そのものの状態でしょう」
「だから、単独の個として存在することに意味はない。ジゼルやユッティとの相互関係、これからの行動によって、存在の意味を構築していく。存在発生の瞬間から強い親子関係に立脚する人間とは少し違うが、成長過程の自意識の確立という点では、多分に共通するものがあると考える」
「知ったふうな口を
言葉に合わず、やわらかい微笑みだった。
「猫のくせに。
ジゼルの、手で唇を隠しながら笑う仕草が、年齢より幼く見えた。
それを見て、現時点で言っておくべきことがある、と判断したが、一呼吸早く、遠慮がちな声がかけられた。
「仲が良いのですね。あなたが笑う姿は、ずいぶん久しぶりに見た気がします」
見事な
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