2.面白いじゃない

 すべての生命活動の情報と熱量が帰属する母集団、魂の大元の集合無意識、それをジゼルとユッティの所属する文化圏では、神霊しんれいと呼称していた。


「……いろいろと、考えているようですね」


「いいよ、いいよー! 思ってたより変なやつっぽくて、面白いじゃない!」


「面白い必要はないのですが」


 主観的しゅかんてき観念的かんねんてきな表現で理解すれば、生まれ変わるはずの魂を、生命の源から完全に切り離される前の状態で定着させた、ということになるのだろう。


 生物の脳細胞において、意識は電気信号の形で存在する。


 意識と魂が同義とすれば、あえて自己と定義するこの魂は、過去の全生命が蓄積した電子情報と膨大な電力につながった端末だ。


 正しく理解すれば、できることは多い。


「当たり前だけど、黙っていられると、わかりにくいわね。今度、尻尾でもつけてやろうかしら」


「困ります」


 自分が定着している媒体を、電気信号で走査する。音声信号と光学情報の受信装置も確認、処理を統合する。


 この媒体を、ジゼルはリベルギントと呼称した。


 構成部位は頭と胴、二本ずつの手足と、基本的に人間を模している。複合的な金属構造だ。


 骨格に相当する構造材に寸動制御電動機すんどうせいぎょでんどうき油圧筒ゆあつとうを備え、筋肉繊維を模した感電収縮素子かんでんしゅうしゅくそしの束、給電線と信号線が全身に連結している。


 体格は、おおよそ人体の三倍程度、今は両膝をついて、うつむくように座っている状態だ。


 胸部内殻きょうぶないかくに操作入力装置の一式と人間が納まる程度の空間があり、外殻は鋼色はがねいろそのままの積層装甲、後頭部から背面にかけて放熱機能を兼ねた突起状の積層装甲が伸びていた。


 なるほど、一通りの機構はあるが、統合制御と動電力供給は外部に依存している。


 自分の役割だ。まだ完全とはいかないが、試してみるとしよう。


「え? なに? ちょっと待……」


 ユッティが慌てるのと、ジゼルが飛びついて伏せるのと、振り上げた鋼鉄の腕が屋根の一部を破壊したのが、ほぼ同時だった。


 次からは、事前通告の必要性を認識した。


 両脚を伸ばす。


 頭と肩が、の光を反射した。


 遠く見下ろす海が、濃密な青に染まっている。


 樹々の緑と、花の赤と橙色だいだいいろに埋もれた街並みは、煉瓦れんがの茶色と塗り壁の黄色で鮮やかな斑模様まだらもようだった。


 空は白に近いほど明るく、多湿な空気が熱を放散して、可視光線がゆらゆらと直進を妨害されている。


 すぐに、装甲表面が熱くなった。


「フェルネラント帝国の平均的な気候条件と一致しない。地理情報の更新を求める」


「ああ、うん……明日まで待ってね。あなたの壊した機材を、直すから」


「承知した。それと」


「まだなにか」


 頭部をジゼルに向ける。


 人間同士なら、目が合った、と表現するのだろう。


「先ほどの口上こうじょうについて確認したい」


「……聞いていたのですか」


「聞かせるためのものだったと認識している」


「続けてください。できる限り、手短かに」


「主文節で、こちらを私のつるぎ、私の手足、私の力、と定義していた。階層構造と社会的役割の付与と推定する。文節の主格であるジゼルが、こちらを必要とする行動目標は何かを知っておきたい」


 ジゼルが、こちらをにらんだ。


 ゆっくりと立ち上がり、腰の太刀たちさやごと外して、切っ先側をまっすぐに向けてきた。


「立身出世。武門の本懐です」


「なるほど、理解した」


「早いわね、理解!」


「全生命の集合知による論理的結論だ」


 要望に応えて、端的に返す。何が気に入らなかったのか、ジゼルの口の端が、また少し下がった。


 この娘はこんな顔ばかりしているな、と、思った。


 考える、感じる、思う。人間の知的活動は複雑で、ならうために習熟することは、そう、面白かった。



********************



 壊れた機材の修理、または代替品の調整に、二日が必要だった。


 その間、蓄積情報ちくせきじょうほうの検索と自己認識じこにんしきの確立に、充分な処理能力をさくことができた。


「しかし、あれだね。あんたって言うことまどろっこしいくせに、変なところで素直よね」


 ユッティがリベルギントの操縦槽そうじゅうそうからい出て、装甲表面を、軽く小突いた。


「あんな年頃のが、肩ひじ張って立身出世って、さすがにちょっと珍しいじゃない? そこいら辺に、蘊蓄うんちくとかなかったの?」


「文脈の理解が難しいが、仮に、ジゼルを主題と定義する。確かに類似事例は希少きしょうだ。ほぼ全ての文化圏で、原始社会構造を構築した主要因子しゅよういんしが男性的な身体能力にあることを起因としているが」


「結局は腕っぷし、ってことよね」


「個体生命が生存本能から解放されることはない。進化に競争原理が働いている限り、力による他者の排除を根絶こんぜつすることはできず、男性的な因子が社会構造の主軸であり続けるだろう」


「まあねー、実感するわ。女性の社会進出って、どっかに限界があるのよね」


「だが、多数派になり得ない、というだけだ。無意味と同義ではない。生存に寄与きよする能力の向上と、それに相応する外的評価の向上は、社会構造を持つ個体生命の行動目標として適切だ」


「んー、つまり、ジゼルちゃん凛々りりしくて素敵! ってことね」


「……なんの話をしているんですか」


 ジゼルが、整備室に入るなり、いつもの顔をした。

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