お題「ローグライク」
「はい、よーいスタート」
どこか気の抜けた掛け声とともに彼女、
「名前は効率を意識してほ……れずにします。」
何らかの葛藤があったような気がするが、その葛藤にどれほどの意味があったのか今の僕にはよくわからなかった。というかそもそも今の状況というものがよくわかっていない。
光さんと僕は別に恋人や幼馴染とかそういう特別親密な間柄ではない。いたって普通のクラスメイト、いや友人くらいには言っていいかもしれない。学校以外で会うことは無いが、学校の中でならそれなりに話すこともあるといった程度だった。それが変わったのは一ヶ月前、ちょっとした雑談の流れで僕の家にゲーミングPCがあることを知った彼女はいつの間にか録画機材とゲーム機を持ち込んで、僕の家でゲームの実況動画を録るようになったのだ。以上、回想終わり。
「今回走るのはKingsUnlimitedSoulGate、略してクソゲーのAny%RTAです。この走者は今のところ日本で2人しかいないので、今回私がどんなクソみてぇな記録を出したとしても自動的に日本第三位に食い込めるのがいい所です。これからもそういう隙間産業を狙って活動していくつもりなので応援よろしくお願いします」
さっそく志の低いことを言っている。先行きが不安というレベルではない。が、正直彼女のやってるゲームは全く分からないのでひとまず見守ることしかできない。
「オープニングムービーはそんなに長いわけじゃないんですが、絶対に飛ばせないという極悪仕様なのでこの間に解説しますね」
それの何が極悪なのか、今の僕にはよくわからない。ムービーが飛ばせないゲームが出る度に絶対同じことを言っているので何かしらの恨みがあることは間違いないと思う。
「ジャンルは所謂ローグライク、毎回構造が変化するダンジョンに挑戦してその最深部を目指すというよくある奴です。ですがこのゲームはROMごとに決まっている製造番号次第でダンジョンの構造がある程度限定されるという割と致命的な不具合がありまして、その辺も走者の少なさに拍車をかけてるんですよねぇ。実際私も今回偶然いい感じのROMを手に入れられたから走ることにしたわけですし……おっと、そろそろムービー終わりますね。続けてチュートリアルがあるんですがここはスキップ可能なのでスキップして……」
悪魔の棲む塔とか4つの秘宝を探せとか、なにやらそういう大事そうな話を一切無視してどんどんゲームを進めていく。というか致命的な不具合って言ってたけどそれって大丈夫なのか?僕の家のパソコンに繋がってるわけだけど?そのゲームをやってる機械が。
「あ、ちなみに当たりROMかどうかは100階建ての塔を13階まで攻略したらそこまでの情報から解析してくれるツールがあるので、これから走る人はまず当たりROMかどうかをチェックしてからにしましょうね。私もこのROM見つけるまで中古ショップで8本くらい買ったんですよ」
このあたりで中古ゲームを扱っているショップとなると、恐らく駅前にあるゲームショップお宝屋くらいだろう。個人経営の小さな店だ。そういえばこの間店主が「最近、来るたびにおんなじゲームを買っていく女の子がいるんだよねぇ。何?最近はやってるの?」なんてことを言っていた気がする。なるほど彼女が犯人か。
「…で……この階に湧く敵から低確率でドロップするアイテムが……ここグリッチになってまして……」
さて、ここまで見守っておいて今更ではあるのだが、やはり知らないゲームというものはあまり興味が持てないものである。あんまり興味が持てない映像と程々に心地よい光さんの語りが眠気を誘い、僕はいつもこれくらいのタイミングで眠ってしまう。一回くらいは最後まで見守ってあげたい気もするのだがせめて彼女のマイクに僕の寝言や寝息が入らないことを祈りながら僕はゆっくりと眠りに落ちていった。
◇
「……ってことでクリアー!記録は1時間20分13秒!日本2位の記録ですよ!!!いやまあ、元2位の人はだいぶハズレROMで記録出してた人で、しかも私とあんまタイム変わってないのであんまり勝った気がしないんですけど……」
相変わらず長いエンディングムービーを見ながら完走した感想をぽつぽつと並べていく中で、ちらりと後ろを振り返る。やはり今日も、彼は眠ってしまっているようだった。
(お使い頼まれて外出が3回、学校に忘れ物を取りに行ったのが2回、そして寝落ちが一番多くて6回……もうちょっと興味持ってくれてもいいと思うんだけどなー)
入る度に攻略法の変化するダンジョン、そんなものはゲームの中だけで充分だ。
彼女は一人、大きなため息を吐く。当然のようにマイクに拾われたその音声を消すために編集で苦労すると気付くのは、もう少し後の話だ。
1時間ライティングバトル 否定論理和 @noa-minus
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