お題:【埃を拭う】をテーマにした小説

 郊外の森の中にポツンと佇む大きな屋敷に、一人の少女が足を踏み入れようとしていた。ぎい、と嫌な音を立てながらゆっくりと扉が開かれる。扉の先、大きな絨毯が敷かれた広いエントランスには枯れた花の刺さった花瓶や錆びた西洋甲冑といった豪華な家具が立ち並び、そしてそのいずれもが埃を被っている。


「うっわぁ……いつ見てもひっどいなぁここ」


 思わず素直な感想を漏らしてしまう。この屋敷は外見だけで言えばお金持ちや名家と呼ばれるような人種が住んでいそうな立派なお屋敷だというのに中は廃墟と言う他にない程荒れ果てている。


 今見えているエントランスはまだマシな方で、例えば1階奥の図書室は蜘蛛の巣があちこちに張り巡らされた結果蔵書を取り出すことすら困難になっているし厨房では腐敗を通り越して枯れ果てた食材が小さな山を形成している。


 他にも酷いところを数えればきりがないが、極め付けはなんといっても2階にある大きな個室だ。おそらくかつてこの家の主人が暮らしていたであろうその部屋は、汚れや埃こそこ他の部屋よりも比較的マシなのだがとにかく老朽化が酷い。雨漏りのせいだろうか、床板はあちこち腐っていて少しでも体重をかけすぎると簡単に穴が開く。それだけならまだよかったのだが、その先には虫の死骸やら蜘蛛の巣やら割れたガラスと言ったありったけの嫌な物が散乱しているため物理と精神の両面からダメージが襲い掛かるので最悪だ。


「さて、それじゃあいっちょやりますか」


 誰に聞かせるわけでもなく、しいて言うなら自分自身を奮い立たせるための言葉を発した少女は袖をまくり上げると大きなトランクを広げ、中から掃除用具を取り出す。屋敷は見ての通りガスも電気も水道も全滅しているため、外に設置された古い井戸から水をくみ上げて何個ものバケツに水を汲んでいく。マトモに掃除をしていけばまる一日あっても足りないため細かい出来には目を瞑りながらとにかく範囲優先で水をぶちまけモップをかけ、今よりひどくなることは無いだろうと大部分を自然乾燥に任せてどんどん掃除範囲を広げていく。


「ふんふふんふふーん、ふんふふんふふんふふーん」


 どんな苦行でも続けていればそれなりに楽しくなるのか、或いは単に気が触れかけているのか、作業量に反比例するように楽し気な鼻歌を歌いながら少女は作業を進めていく。台所のゴミは片っ端から袋に突っ込んで窓から捨てていき、ありったけの蜘蛛の巣はホウキを何本も使い潰しながら巻き取っていく。床の脆い部屋は梯子をかけて足場を確保して、床を踏まないよう気を付けながら業務用エアーコンプレッサーで思い切りゴミを吹き飛ばす。


 一連の作業はとても清掃と呼べるようなものではなく、強いて言うならば力付くで汚れやゴミを排除するようなやり方であったがそれでも着実に屋敷の内部は綺麗になっていき、太陽が沈む頃にはどうにか人間が足を踏み入れても問題ない程度の状態まで片付いていた。


「いよっしゃぁぁぁ!!!」


 少女は既にふらふらな足に力を入れ、見た目にそぐわない野太い雄たけびを上げると残された力を振り絞ってガッツポーズをする。終わった。半日がかりでどうにか片付いた。窓から投げ捨てたゴミ袋だの使ったホウキの処分だの考えなければいけない問題はまだいくつも残っているが、最低限やるべきことは終わった。その事実を噛みしめながら、おぼつかない足取りでゆっくりと屋敷を後にして扉を閉める。


 ふぅ、と息を吐くと閉めたばかりの扉に背中を預け、そのまま深呼吸。吸って、吐いて、吸って、吐いて、体だけでなく心のコンディションも整えると改めて気合いを入れ、そして再び扉を開く。


 開かれた扉の先、先程見た目だけ綺麗にしたはずのエントランスは、どういう訳かここに来たばかりの埃塗れの状態に戻っており、それを確かめた少女はポケットから取り出したスマートフォンでどこかへと電話をかけた。


「あー、もしもし?はい、私さんですよ。例の屋敷なんですけどね、滅茶苦茶片付けてやったんですが扉を閉じたら一瞬で状態復元されちゃいました。一人でできる範囲の検証はこれが限界なんで、後は調査部隊の増員でもお願いします。私はもう1週間くらい筋肉痛で寝込む予定なんで、ポカリとiTunesカードの差し入れよろしくお願いします。それじゃ」


 言いたいことだけ言って電話を切ると、力任せにスマホを屋敷の中に投げ入れてそのまま扉を閉じた。


「はい、これで連絡完全シャットアウト完了。あー疲れた、しんどい、シャワー浴びたい。どうせ経費で落ちるし高めのホテル取ればよかったなー」


 尽きることのない愚痴を吐き出しながら、少女はふらふらと街に向かって歩き出した。


〈了〉

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