第5話 習うより慣れろって言われるけどまず教えてって
派遣会社『ボリュームライフ』では、生身の人間以外にもアバターの仕事の斡旋まで行っている。
「最近はようやくアバター差別もなくなりましたね」
つまり初期はヒドイもんだったということだ。正直、丈一郎も得体の知れない雇用だとは思う。
技術への不安より、顔も見せない従業員が真面目に働ききれるものなのかが不安である。
「そりゃもちろん! ありました。ありましたよ!」
懐かしいなあ、とニヤニヤする笑顔は丈一郎の見たことのないものであった。一瞬で流れた17年間。清水は、もはや海千山千のたぐいに成長したのだろう。
「昔は逃げられたりしましたけど、今はアバター登録自体の認証が厳しいですからね。成果率は生身の方が高いですけど、離職率はアバターの方が低いぐらいかな」
基本的には、放ったらかしで勝手に動いたりしゃべったりできるのがアバターのいいところである。たまに判断できないところを人間がスピーカー越しに介入するぐらいだ。普通に受け身で使うぶんには困らないが、積極的に営業や接客をするとなると話は別である。
そこで、アバターの判断AIにユーザーが自由にチューニングできるプログラミングが生まれた。これがそのまま民間資格となって定着し、今ではアバターチューナーあるいはアバター技師として知られている。この4級所持者がアバターとして就職できるようになったのである。
寝ていても勝手に仕事してくれて、稼いだ給料はほぼ全額貢いでくれる!
夢の資格である。はずだった。
しかし、近年の法整備によりアバターは報酬が低く設定されていき、技師の取得者がまったく伸びない。
また、新技術への信用がまだまだ低いのも現状だった。
そこに目をつけたのが清水で、持ち前の営業力で自分自身のアバターをいくつか就職させて実績を増やしていく。それを他人のアバターまで仲介するようになってから初めて会社を興したのである。
「なあドラゴン、リストアップした小鹿丈一郎さんの派遣先をプリントアウトしておいて」
丈一郎にまではアバターとの会話が聞こえることはなかったが、それは道すがら清水から聞かされる内容だった。
「丈さんに斡旋する仕事は店舗スタッフみたいなのが中心になると思います」
「へえ、販売員とか?」
「そうですね。そんなところです」
「高校生のころにスーパーでバイトしてたけど、それ以来だな。ちなみにスーパーっていまでもあるの?」
「もちろん。ありますあります。業態も昔とそんなに変わってないですよね。ああ、まあ、配送とか気軽にできるようになったぐらい…かな」
詳しく聞かなかったが、きっとそれも『今風』になっているのだろう。
通りを歩く人々の服装も、赤、緑、黄色と、田舎の新鮮野菜のような原色が多い印象がある。全体的に袖が長く、肌を晒す人が少ない。かといえば、唐突にゆったりしたジーンズに、上はビキニみたいな女の人もいる。そういう人たちは一様に日焼けがすごかった。
ふと気になって清水を見ると、彼の肌は白い。彼の手の甲を見ると、指ぬきの手袋みたいなものをしているが、それは道行く人も割合としては多いのに気がついた。思い出してみると、病院でもそうだったかもしれない。
空を見上げると、真夏のような太陽と巨大な入道雲が目に入った。17年前の昨日もそんな天気だったから気にも留めなかったが、温暖化加速の一幕を見た気がする。
清水のオフィスは駅方面にあるという。
丈一郎は会話しながらあたりの景色をお上りさんのようにうかがった。空は常に大小さまざまな何かがブンブン飛び回っていて、落ち着かなく感じる。たまに建物の窓が開いてドローンが出入りするのを見かけるが、車が空を飛んでいるというのはなさそうだった。
その車も、見たところは普通の丸いタイヤがついた丈一郎の知っている4輪車である。ただフォルムがもうちょっと線が細い。全体的に大型化していて、特に先端は尖っていて、ちょっと追突したくなかった。
「あれ、車…人が運転してないな。やっぱり自動運転が普及してる?」
「そうですね。17年前ってまだなかったでしたっけ?」
「まあ、実験とかしてるニュースを見る程度だったかな」
「そうでしたかね…今は人間が運転する車種を探すの大変だと思いますよ」
車はバスみたいな大きさのものの数が多い。そこを指摘すると、アバターに行き先を伝えれば各社の運営するバスが近くを通った時に声をかけてくれるのだとか。
「バスが声をかけてくるってのが想像できないな。どゆこと?」
「大体の運行経路しか無くて、そこを走ってる途中に各アバターから受信した位置情報が送られるてくるんですよ。あとは乗せられるバスが近くを通るときに教えてくれるだけ」
「へえ。予約とかしないの?」
予約は心変わりで簡単にバックレられるとかで、近くを通るときにアバター経由で声をかけるというスタイルになったんだとか。そのあたりはそういう社会問題を元に発展していったものらしい。
「なるほどなぁ。新しいモノが生まれると、新しい問題が生まれるってワケだ」
「そうです。丈さんよく言ってましたね」
「そうそう、そそられるよな。もうちょい慣れてからだけど、竜ちゃんみたいに一発いきたいねえ」
「そうくると思ってました。また相談してください」
ふたりは楽しそうに目を見交わした。
丈一郎からすると、つい昨晩には清水とそんな話で盛り上がりながら酒を飲んでいたのだ。清水も思い出しているかもしれない。
そんなことを話しながら着いた清水の会社は、17年前にもあるような雑居ビルの3階にある。建物は白く清潔なビルだが、それ以外に変わった様子はない。
「丈さん、そこのカメラを見てください。はい、ありがとうございます」
エレベーターを降りてすぐ清水の指差すところ見ると、なんの変哲も無い丸いカメラがあった。カメラと目が合ったのもほんの一瞬である。それは次の瞬間にはニワトリの頭のようにひっきりなしに動いていて、生物的な感じすらあった。
「いまのは何だったの?」
「ウチのセキュリティに丈さんを登録しておきました。これで好きなタイミングで入退室できますよ」
「ああ、そう…」
推すと開いたガラスの扉の奥を清水の後について進んでいく。もはや驚くこともなかったが、さっきのことで一つ気になることがあった。
「なあ竜ちゃん、さっきのはアバターに何の命令もしてなかったように見えたけど、自動的に登録しちゃうの?」
「そうですね。一緒にいると自動登録されます。逆に、ただの業者さんとかだったら、口頭でも言いますし、覚えさせたジェスチャーでもカメラ認識してくれますね」
「そらすごいわ」
気の利いたセキュリティなら出禁の対処もできるだろうし、通報や拘束だってお手の物かもしれない。悪いことができない社会になったものだ。
オフィスそのものはこじんまりとしていて、衝立の奥の応接ソファに座らされる。清水自身はさらに奥の扉に入って行った。
オフィスを見回すと、カレンダーやらポスターやら絵画やらが貼ってある。こういうのはローテクのままなんだなと、少し安心して机の上を見た。
しかしよく見るとディスプレイである。丈一郎の感覚ですら一昔前と感じるゲーム筐体そのものだった。
表示しているのは小さなテレビ番組と思われるコンテンツが5かける5の25分割で表示されている。試しにその一つにさわると画面いっぱいに拡大した。
マンツーマンのトーク番組らしいが、音がないので中身まではテロップぐらいしかわからない。アバターと対応するイヤホンなどの端末があれば聴くことができるのだろうか。
画面の内容自体は、どこかの喫茶店チェーンの窓際カウンター席に座る二人を後ろから撮っているようなアングルだ。ほとんどは背中のみだが、たまに相手を見るときだけ横顔がわかる。
このスタイルが未来において実験的なのかスタンダードなのかはわからないが、珍しくてついつい目を奪われてしまう。
「丈さんお待たせしました」
「お」
「あれ、カタヤマビジョン見てたんですか?」
「この番組?」
「そうです。インタビュー番組ですし、画面だけだとわかりづらくないですか?」
そう言われて再び画面に視線を落とす。インタビュー番組。
「片山さんって、その左側で話してる人なんですけどね。独自の目線で人選して、自分の番組でインタビューしてるんですよ。考えてもなかったことを指摘されて答えを要求されるんですよね。僕も3年前に受けたことがあって、かなり売上伸びましたよ。未来を指し示すことになるというか、この出演がターニングポイントでした」
「テレビ? ユーチューバーとか?」
「ユーチューバー! また懐かしい。まあ、そんな感じですよ」
アバターの隆盛により、ユーザーは直接繋がることができるようになった。配信に特化したソフトやらを入れれば、自力でこうして番組を持つこともできる。それをユーチューバーと評した丈一郎の疑問に、清水は笑みをこぼして目を細めた。
「まあその話はまたゆっくりと」
清水が持参したクリアケースから書類が一枚。少し厚手で、いい紙のようだ。
「ヤマデュオン。ええと、家具家電量販店か」
「ええ。ひとまずそちらを紹介しようと思います。仕事内容は倉庫整理なんですけど、ほとんど肉体労働ではないですね。ちょっとここ見てください」
言われるままに目を向けた職場写真が突然動き出した。さすがにびっくりした丈一郎を清水は楽しそうに 見て、それは薄型ディスプレイだと教えてもらう。
その動画は、何か作業ロボットに指示しながら搬入した荷物を積んだり運んだりする仕事内容を映しているものだった。
「いいね。腰痛持ちにも負担なさそうだ。ありがたい。竜ちゃん頼むわ」
拝啓、不覚にも17年後に。 犬神正人 @visionary
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