第4話 未来になったって義理も人情もあるわけだ
清水の家の調度類がガラッと変わり、当惑する丈一郎。しかし何よりも慌てさせたのは、体験してもいないはずの記憶がふつふつと湧いてきたことであった。
17年前に丈一郎が消えた後、清水に誘拐など諸容疑をかけられるところまでは一緒である。そのあと早期に容疑は晴れ、ただの失踪として処理された。失踪は失踪なので、警察とのやり取りは続くが、もはや情報交換といった関係でしかない。
そして丈一郎が現れた17年後、不安そうにあたりを見回しながら早朝間近の路傍に清水はやってきた。本当に来るのかどうか。
口では確信を持って17年間待ち続けたと言ったが、本音はそんな単純なものではなかった。彼は毎年、あの場所に来続けていたのだ。手を合わせたり、結婚や出産などの一年を報告したり、抱負を語ったり。もはや墓参りに近い感覚だったろう。
ただ、録音した丈一郎との通話に挟まれた、少し老いた声音が自分のものではないかとの疑念が立つ。その後の彼は起業して経済的自立や影響力を増し、専門家のつてを作ることで確信に近づいていく。
そして今年2036年のちょうどその時間、しゃがんで手を合わせたところを酔った丈一郎が現れ、驚いたが、この長い年月をようやく納得することができたのだった。
「それまでの丈さんと、あの時に受けたさっきの電話が、この17年間の支えでした」
そう、彼はいまや社長なのだ。しかしまだハゲている。なんかの記事で読んだが、ハゲるものはハゲるのだと専門家が力説していたことを思い出す。
「そうか、感慨深いだろうな。ああ、うん。悪い。ちょっと座らせてくれ」
唐突に現れた新しい記憶。新しい未来。
ソファに腰掛けてぐったりする。気分が優れないのは、混乱しているからであった。
しかし、このソファは座り心地がいい。いいもの買うほど稼いでんだな。ただ、ちょっと背中の突起が変なところにあたって痛い。
「ドラゴン、ソファをゲストモードにして」
瞬間、背中の突起がしぼんで腰の奥まで沈む感じの座り心地に変わった。なんと、電動で座り心地までが調整されていたのだ!
「いいなコレ。高かったろ」
「ゼリー式の純正品ですしね。ゼリー式ってわかります?」
「ゼリー式? これがゼリーってこと?」
「そう。簡単に言うと、信号を流して色や形を変える商品なんです。ちなみにそれはソファアプリで僕の体に合わせてるんですよ」
「へえぇ…いいな」
「高いんですよ。ゼリー自体使い捨てですし」
あくまで清水の操作ではあるが、マッサージ機能などを一通り試させてもらう。ゲストモードで体のスキャンから始めるのだが、よく分かってるとしか言いようがない。
「それで、今後のことなんですけど」
清水から切り出された今後とは、仕事や住居のことだ。ここには彼とその家族の生活があるので、いきなり割って入るわけには行かない。
提案されたのは、彼の経営する派遣会社に登録して、住まいも寮と称してアパートを借りる。17年間のブランクがある彼は、そこから再スタートを切ることになったのだ。
ここでも、丈一郎には知人のつてをたどって仕事を紹介してくれるという話と、社長をしているんだという2つの別個の記憶が混在している。明確にどちらがどちらと区別できているのだ。
こうして、自分の内部にいくつかの可能性を持った自分が混在していくのだろうか。こればかりは清水に話してみても理解を得づらいだろう。
ふとポケットのスマホのことを思う。コイツはモノだけは未来に来ているが、実際の通信は過去に通じている。
つまり、スマホを使って誰かと話したりすれば、どんどん未来を変えられるわけだ。怖い反面、生臭い欲望もうずく。
そうだ、電池切れなのだから充電しないと!
「なあ竜ちゃん。そういえばコイツ充電したいんだけど、ケーブルある?」
「ケーブル? あ、スマホの充電ケーブル…」
そのあからさまな困惑顔を見てまさかと思った。しかして、そのまさかであった。
「いやー…ちょっと無いですねえ。誰か持ってるかな…ドラゴン、丈さんの持ってるスマートフォンの充電用端子を調べて」
アバターと話しながら調べていく清水の顔はどんどん無表情になっていき、最後は目をつむってしまう。
「そう、ありがとうドラゴン」
「なに、もうこのケーブル無いの?」
「ですね。今はWi-Fi給電といって、こうやって普通に過ごしているだけで電気が供給されますから、そもそも電池とか充電って概念が薄いんですよね。スマホとか充電とか、マジで懐かしいですもん」
「懐かしいまで言われるんか」
衝撃的な技術力である。電力の供給も多角化していて、最近では宇宙太陽光発電なんてものも実現しているんだとか。
宇宙太陽光発電とは、宇宙空間から人工衛星を使って大気で減衰していない太陽光を集めて、それを電磁波に変換して地上のユニットに送電する方法だ。その発電効率は過去の発電方法全てと比べると240倍も高まった。理論上はまだまだ無駄を省けるそうだ。技術構想自体は1974年生まれの丈一郎よりもさらに古く、1968年には提唱されている。
プロジェクトは日西米中露英独仏7カ国共同で進められ、6年前に稼働した。その巨大すぎる恩恵は、7カ国に留まらない人類規模での財産となりつつある。
「まだまだ課題の多い世界ですけど、電力問題はかなり解決したと思いますよ。ただ、なんでしたっけ、その、ああ、タイプCだ。思い出した! そんなケーブルもう無いですよいくらなんでも!」
「そうかあ…」
あからさまにガックリ来る丈一郎を見て、清水は話題を元に戻した。
「とにかくですね、まずは当面の生活から整えましょうよ丈さん」
「そうするよ。甘えさせてください、よろしく頼みます」
丈一郎はその日一晩だけ清水の家に泊まった。彼の家族も考えると厚遇と言える。ささやかなパーティを開いてもらい、恐縮しっぱなしだ。
翌日、二人でマンションを出て清水のオフィスに移動する。いよいよ仕事を紹介してもらうのだ。
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