第3話 未来から現在を変えるならセーフだよな

清水からの申し出により、丈一郎はしばらく清水の家にやっかいになることになった。仕事も知り合いのつてを頼って紹介してもらえるそうだ。


単身者向けマンションに住んでいるというのでそれなりの狭さであることを覚悟していたが、着いてみたら3LDKである。そのうち一部屋が物置同然だというので、今回間借りさせてもらえることになった。



「おお! いい眺め!」



20階建てマンションの17階から見渡す光景は、改めて見ると高層建築の多さが目立つ。


タイムスリップする数年前、埼玉から引っ越してきたときは地方だなあだと思った。しかし17年後、高層から見下ろす光景は池袋あたりを思わせる。地方は衰退するんじゃなかったのかと、最近読んだの経済紙の予測記事を思い出して苦笑いする。


それはそれとして、丈一郎が違和感を感じる光景がある。



「あれですか? あれ、当時ありませんでしたっけ?」



飛行船がやたらそこらを飛んでいることは感じていたが、そこから何やら蚊トンボのような黒い影が行き来しているのである。



「ドラゴン、コーラふたつ買ってきて」


「ドラゴンコーラ?」



品名もそうだが、誰に言った? そう、清水自身のアバターにだろう。彼の名は竜太郎だからドラゴンと名付けたようだ。



「あ、アレだアレ。丈さんあそこ見えます?」



清水が指差す方向にはでっかく『Amazon』とペイントされた、ひときわ大きな飛行船が飛んでいる。そこから、豆粒のようなものがやたら出入りしているが、中の一つがこちらに向かってくるようだった。


丈一郎は、ようやく合点が行ってつぶやいた。



「そうか、配送か」



何かの本で読んだことがある。Amazon.comが飛行船型倉庫からドローンで即時配達する計画があると。なんと…。



「はい、これが17年後の未来の飲み方です」



手渡された紙コップに入ったそれは、まごうことなきコーラだった! 受け取りまで正味3分といったところか。


ふたつの荷物をぶら下げてきた、自転車の車輪ぐらいの大きさのドローンが再び舞い上がる。それきり振り返りもせず、一直線に飛行船に向かっていった。


一部始終を呆けたように最後まで見送った丈一郎は、それはもう上機嫌である。



「未来最高! 未来に乾杯!」


「乾杯! 丈さんお帰りなさい!」



天気のいい日に飲むコーラもいい。ビールならなおよかった。



「手元まで配送とか、未来もいいな。俺のスマホでもできないかな」



何の気なくズボンのポケットに入れた青いスマホを見ると、着信マークが出ている。発信したのは、部屋のソファで寛いでいる清水だ。


15分前と出ているが、その時は一緒にいたよな?



「なあ、さっき電話した?」



画面を見せながらそう言った瞬間、清水の顔色が変わる。が、それよりも早く、丈一郎の身中を名状しがたいどろっとした嫌な感覚が支配する。



「電話なんかしてません。その番号はとっくに…」



何も言わずに丈一郎は発信ボタンを押す。その目は、さっきまでのゆるいオッサンと同一人物とは思えない真剣味がある。



(誰だ、誰だ?)



それは清水も同じ気持ちで、和やかな気持ちから、ふたりは完全に切り離されてしまっていた。


コールは、2回で出た。



「丈さん? 丈さんすか? いまどこですか?」


「竜ちゃん…」



清水の声といえば、こんなハリがあったなと思い出す。そうだ、この声は17年前の清水竜太郎本人だ。



「そうだ、思い出した…」



部屋にいる方の清水の顔は、恐怖と好奇心が半々である。丈一郎は、それを、目で見ただけで状況を把握するしかなかった。


17年前に電話している。


そして、これから丈一郎が取るアクションによって、この空白の17年間が書き変わるかも知れない。



「これから話すことを録音してくれ」



自分の喉が鳴る音が聴こえた。清水にも聴こえたかもしれない。言われるままに録音準備を整えたとの返事を聞き、丈一郎はゆっくり話した。



「俺は元気だ。訳あってお別れだ。2036年9日10日のあの時間にまたあの別れた場所で再会しよう」



最大限の機転だったが、正しいアクションだったろうか。不安を挙げたらきりがない場面だった。


特に何か変わった気がしないのは、いわゆるタイムパラドックスに自分も飲み込まれたからなのかも知れない。



「お金のことなら、僕も力貸しますよ!」


「バカ言うなよ。んなことさせられっかって」



そうか、事業失敗の借金で失踪か。そのシナリオならあるのかな。そう思うと、自己中心的で悪いとは思うが言葉にも力が入る。誰かを保証人にしたわけでもないのだ。


どちらにしても、もう戻り方がわからない。戻れないところまで来た。



「丈さん」



しかし突然話しかけてきたのは後ろの清水だった。丈一郎は慌ててスマホを押さえる。



「バカ野郎。いきなり話しかけんなよ」



清水は丈一郎のスマホを指差し、その指を自分に向けた。仕方なく、そうだという顔をして頷いた。



「丈さん、いまの声…」



スマホを押さえたときにスピーカーにしてしまったらしい。電話の奥の清水の声が聞こえた。


が、その声が急にピーという電子音とともに消えた。画面を見ると真っ暗。電源が入らない。



「やっべ。そういえば電池無かったかも」


「けど大丈夫です。あの時がヒントになって17年間過ごしてきたんですから」



自信満々な清水の声に向き直ると、部屋の雰囲気が変わっていることに気づいた。なんか…一人暮らしという感じがしない。さっきまでこんな部屋だったか?


大きなテレビ。食卓にもなるであろう机。ちょっと後方に下がって三人掛けのソファー。あちこちに転がっているオモチャらしきものは、幼児の存在を感じさせる。


そうだ、記憶はあった。徐々に記憶になっていく。不思議な感覚だ。



「こりゃ、未来を変えちまったってコトか」

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