第2話 朝日に潜む闇
ーー
朝日がのぼり、道路が混み合う時刻。
ユメアは今日も走っていた。
組織に1つの連絡が入った瞬間から、体が勝手に動き出したのだ。
ユメアの中のナイトメアが、こっちだと教えてくれる。
ダリアの制止を聞かずに飛び出してしまったから、帰ったら吊るし上げられるのだろう。
あれ、意外と痛いんだよね。
でもそんな事は後で考えよ。
今は急いで、死者の元へ行かねばならない。
『バク様、どうか急いで来てください!精神科医の富田先生がっ……病院でお、お亡くなりに……』
縛(ばく)総合病院。
この国で数少ない最先端医療が充実している病院。
バク・ナイトメア組織の協力者の1つ。
精神科医から、悪夢など見る患者のデータを送ってもらい、各々バク・ナイトメア所持者が監視、処理をする。
その、責任者である富田 光輝先生が亡くなったという報告であった。
「…フィアレス様。これは…」
「………私達を潰しに来たか。とりあえず、ユメアにもう1人付けないと危険だ。何が目的かハッキリしない以上、各自、単独行動を控えろ。いいね?」
「畏まりました」
ズルリとナイトメアがダリアを包む。
ふっと霧状になると、ダリアの姿は無くなっていた。
フィアレスは、険しい顔つきで、絵画をぐるりと見渡す。
「お前達は……何を企んでいる。何故…悲劇を好む…」
「そこ!どいて!」
ユメア…いや、捜査官、佐々木夢愛は縛総合病院の前に群がる野次馬に一喝し、道を開ける。
まだ若い学生のような風貌をしている彼女に、コスプレか?などと呟く人もチラホラ。
そんな言葉は右から左に抜けていくというより、むしろ私若く見られててラッキーなど思う夢愛だが、周りの警官はあまりいい顔をしない。
とうとうしびれを切らしたのか、
「佐々木捜査官!お待ちしておりました、こちらです」
ヒラ捜査官が大声で夢愛の元へ走ってくる。
野次馬は、さっと口元に手をやるのだった。
案内されるがまま、進む。
総合病院は封鎖されており、静寂に包まれているが、入院している病棟だけがざわついていた。
流石に近くで命が奪われただなんて、黙っていられる方がおかしいか。
コツン、コツン、と足音が響く。
規則的な2つの足音。
鼻を覆いたくなるような死の香り。
綺麗に掃除された院内に、ただ、闇の気配が異様にも漂っていた。
あぁ、これは。
そう思いながら、精神科の前に着く。
テープをくぐり抜け、診察室に入った。
状況確認をしている捜査官達が、さっと横にどく。
そこには、見るも無惨な富田先生の死体が転がっていた。
顔の皮膚が引き剥がされており、腕、脚の骨は剥き出し、腸は辺りに飛び散っている。
心の臓には穴が2つ。
だが、これ程までの損傷であれば大量の血溜まりがあってもおかしくない。
壁にも、床にも、何一つ傷もなく、心臓から少しも血が出ていないのだ。
いいや、これは出ていないというより…
「血が抜かれてる…ね」
まるで、食す為に血抜きをしたかのようだ。
夢愛は吐き気をぐっと堪え、手を合わせる。
1人の捜査官が夢愛の元にやってきた。
真白な顔、白い髪、白い瞳…目を引く女だ。
「白亜捜査官、説明して」
「はい」
白亜 皐月捜査官が、手帳をパラリと開いた。
すると、白亜の体からゾワリとナイトメアが這い出し、辺りの空間を停止させる。
彼女は、バク・ナイトメア所持者。
組織の中で唯一、時を停止させる能力の持ち主だ。
ナイトメアにも、様々な種類がある。
己を追尾する悪夢、責める悪夢、攻撃する悪夢など、悪夢によってナイトメアの能力は変わるのだ。
ユメアは、シュルリと変身をとき、元の幼い姿に戻る。
本来の姿は、こちらなのだ。
しゃがみこみ、富田先生の頭蓋骨にそっと手をやる。
「……どうしてこんな事になってるんだろ。富田先生、ナイトメア所持者なのに…」
「ユメア、しっかりして。彼の為にも私達は頑張らないと」
こくりと頷く。
こんな状況は、今まで何度も経験してきた。
しっかりしろ。
バンッとユメアは自身のほっぺを叩いた。
白亜は手帳をパラパラとめくる。
そして、状況を説明していく。
「富田光輝、35歳精神科医。悪夢の兆候は無し。
第1発見者は看護師、朝方、診察室のドアがあいており、閉めようとしたところ富田光輝が死亡していたとのこと。裏口、正面玄関には鍵がかかっていたらしいので、密室での殺人とされております。」
白亜が言い終えると、ユメアはバッと立ち上がり、無言で白亜に抱きついた。
「……ユメア?どうしたの」
「白亜、やっぱりナイトメアデッドの匂いがする」
「………え?」
ゾワリ。
ユメアのナイトメアが這い出る。
「え………ユ、メア?」
「ナイトメアデッド、そこに居たんだね」
ケタケタケタ、と。耳元から笑い声が聞こえる。
ユメアは、口の端を釣り上げた。
ーー
ダリアは足早に廊下を歩いていた。
ここは、組織の総本部。元々、教会であった場所だ。
地下や天井に隠し部屋など改造が施されており、ダリアは、ここでバク・ナイトメア所持者の育成や、ナイトメアデッドの収監、探索、司令など諸々を担っている。
広い聖堂で、円型の石版が鈍い光を帯びながら空中を漂う。
その異様な光景の下にダリアがたつと、壁にギッチリと並んでいる窓が開き、千を超える所持者達が顔を出す。
「協力者である縛総合病院が襲撃を受け、富田光輝が死亡した。現在、ユメア、白亜2名が向かっている。今からチームを組み、他の協力者である病院を警護しろ。単独行動はするな。散れ!」
『『御意』』
いっせいに扉が閉じられていく。
静まり返った聖堂で、ダリアは座り込んだ。
これで、いいのだろうか?
もし、全ての協力者が抹殺されていたら。
悪化を阻止するために協力者頼りの部分があるこの組織は……
「何やってるの?看守長」
頭上から、凛とした声が降ってきた。
ハッとし顔をあげると、そこには桃色髪の短髪少女が微笑んでいる。
「ユメアっちにでも振られたぁ?」
「うるさい。黙れキーラ」
ケラケラと笑う少女。
身長はダリアとさほど変わらない。
彼女は、ダリアの補佐であり、共鳴のナイトメア。
仲間に危険が迫るとキーラのナイトメアが騒ぐのだ。
ストンと隣に座り、ダリアの顔を覗き込んだ。
「冗談だーよ。ダリアが告白できっこないもん」
「お前な……わざわざそれを言いに来たのか?」
ため息混じりに呟く。
こちとら相手をしている暇はないのに。
ふと、ざわつきを覚える。
チラリと横目でキーラを見つめると、また彼女はケラケラと笑った。
「違うよー。ユメアっちのナイトメアと私の子が共鳴しちゃってねー。ダリアに様子を見に行ってもらおっかなって思…」
「お前も来い。行くぞ」
「はやっ!!」
さっと襟元を正し、
ナイトメアを発動させ、縛総合病院に向かう。
ユメアに危険が迫っている…?
つまり、あそこに何らかの罠か、敵が潜んでいたという事になるだろう。
白亜は時を停止させるだけで攻撃にはあまり向かない。
急がねば。
ダリアは、拳を握りしめた。
ーー
「おやおや……陛下。いきなり物音がしたと思いましたら…何をなさっていらしたの?」
明かり一つない部屋に、声だけが響く。
何も無い闇。
右も左も、上も下も、何一つ分からない空間。
「なるほど。それはクソでございますわね。陛下のお手を煩わせるなど…消えて当然ですわ」
中性的で妖艶な声が響く。
だが、相手の言葉は聞こえない。
「ふふふ。御意。彼らを焼き尽くしてきます」
ケタケタと、彼は笑った。
存在するかも分からない彼は
夜がくるまで笑った。
(2話終)
バク・ナイトメア・デッド 水縹❀理緒 @riorayuuuuuru071
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