バク・ナイトメア・デッド
水縹❀理緒
第1話 序章
ーーー
少女は、ブツブツと喋りながらビルを駆け抜けていた。
「やっば、やっば、やっば!」
口元から血を滴らせながら、屋根の上を飛び降り、よろり、と体勢を崩しながら闇に包まれた路地裏を走る。
ガンガンガンと障害物に体当たりしながら、
少女は足を止めず、口元を歪ませていた。
「やっば、やっば、やっばあ!!!」
滴る血の量が増える。
後ろから、もう1つの足音。
少女が小人かと思う程の大男が、
いや、大男のようなバケモノが。
50m程後ろを走ってくる。
「このアマがぁ!!さっさとクタバレ!!」
「怒ってるぅ!!」
顔面が骸骨になり、黒い十字架を背中に背負った
2mをも超えるバケモノが、手を少女に向けた。
そして、手のひらから乱射。
少女はピタリと足を止め、バケモノに向かい直る。
前も右も左も、ビルに囲まれた閉鎖空間。
絶体絶命だと誰しもが思うだろう状況で、少女は
ただただ、笑い続けていた。
「やっばぁ!!これがピンチってやつ!?楽しい!!」
そんな声が聞こえる中、弾丸が少女を貫いた。
カラン、と。電気のつかなかった街灯が奇跡的に辺りを照らした。
赤い血溜まりが、1つ、2つ、3つ。
バケモノの両手は鮮やかに染まっている。
「ヘヘッ。殺った……あの方に褒めてもらえる…俺らを殺すバク・ナイトメアを…殺した!!ヒャハハハハハハ!!」
硝煙と砂埃の向こうは、きっと無様に死んでいる少女が居るのだろう。この手で殺したのだと思う度、笑いが込み上げてきた。
月明かりが自分を照らす。
まるで祝福されているかのような心地になった。
が、しかし。
「は?」
街灯が見せた景色は、バケモノの考えとは全く違うモノであった。
「大きいおにーいさん。誰が死んだの?」
「?!」
死んでいる筈の少女は、満面の笑みでそこに立っていた。
「なぁに?私の顔が可愛すぎて見惚れてたの?ごめんね、私、君みたいな不潔そうな男の人、許容範囲外なの」
口元の血を拭いながら、ケラケラ笑う少女。
服は何処も破けておらず、白い腕も脚も無傷であった。
確かに撃ったはず。
傷は?弾丸は?この血溜まりは?
そうだ…何故、"俺の両手が濡れている"?
バケモノが思考を巡らしていると、
彼女から、夜の闇より暗い、人を惹き付け惑わすような漆黒が滲み出る。
それは、ゾワリゾワリと形を成し、少女の周りを漂った。
「ナイトメア!」
ナイフの形をしたソレは、バケモノに向かって飛んでいく。
「ぐぁぁぁぁぉぉおァァァァァ!!!!!!!」
360°、上を見ても下を見ても漆黒の刃に囲まれ、
噴水のように全身から赤い血を吹き出した。
まるで、アイアンメイデンのように。
そして、バケモノの血は、地面に落ちる前に霧散する。
「君達みたいなナイトメアデッドはお仕置きしなきゃいけないんだよ。他の人を悪夢に引きずり込んじゃうからね!だから私達、バク・ナイトメア所持者が浄化しないとっ」
少女は、串刺しになっているバケモノに語りかける。
だが、少女の瞳にバケモノは映っていなかった。
あぁ、最期に見るのが、こんな小学生みたいなガキだなんて。クソが。クソがクソがクソが!!!!!
サラサラと霧になった赤い血が、目の前を覆った。
「さ、苦しみも楽しみももう終わり。来世はイケメンに生まれ落ちてね~!
バク!」
少女の手が、裂けた。
それは、口のようにギザギザの歯を付け、グパッと音を立てて開く。
刺したナイフごと、バケモノを頭から丸呑みした。
「ふぅ……あんまり今回のナイトメアは美味しくないや。
早く拠点にもーどろっ!化粧水しなくちゃ!!」
夜の闇に、悲鳴が溶けていった。
少女は鼻歌交じりにその場を後にした。
そこは、何事も無かったかのように、銃弾も、硝煙も、血溜まりもなかった。
何か大きな音がした気がすると、ビルの人達は騒ぎ始めたが、また静寂に包まれていく。
今日も今日とて仕事をこなした。
後で甘い物でも食べよう。
少女、ユメア・リラは
スキップでケーキ屋へ向かったのだった。
その少女は今──
ーーーー
「ねぇーーー何で私怒られてるの?!」
ユメアは天高く吊るされていた。
そこは、画材と絵画が山のように積んであるアトリエ。
外の蔓草が、レンガの隙間を縫って生えてきている。
天井には、似つかわしくない豪華なシャンデリアが、太陽の光を反射していた。
1人の男が、ユメアの真下でシャッシャと筆を走らせている。
「何でじゃない。理由ぐらい分かっているだろう」
クイッと眼鏡をかけ直し、ユメアを見る。
青い瞳、スラリとした長身、肩まである髪を後ろで縛っている潰れたクマの髪留めと、着ている服が真っピンクの花柄でなければ、彼は多分モテる部類なのだろう。
「何よーまだ可愛いくまちゃんパンツはいてるって知っちゃったからーー!?」
その言葉を聞いても、男は絵を描き続ける。
だがしかし、顔から今にも血が吹き出るのではという程真っ赤に染まりあがっていた。
「……何処でそれを知ったァ?!」
筆のスピードが上がる。
「昨日のナイトメアデッド倒す時に、間違えてダリアの私服持ってきちゃってさ。パンツ、まーだこれ履いてるんだァって思って履いちゃった!」
「思って履いちゃった!、じゃねぇんだよこのスカポンタン!!」
更に上がる。
「ならノーパンで街を走れって?ダリア看守長は意外とスケベだったんだね」
「そのっ…!口を………とざせェエエ!!!ナイトメア!」
「むぁ?!」
描いていた筆を、ユメアに向け、ナイトメアを発動させた。
ゾワゾワと、紐状に変化し、ユメアの足から絡まっていく。
「いいのぉ?!普通の人間に対してナイトメアはご法度でしょむぐぐぐっっ!」
「縛る方法がこれしかなかった。致し方なし」
とんでもない理由だ。
ユメアは心で呟きながら、確かにとも思ったのであった。
「……ふぅ。ナイトメア、離してやれ」
そう、ダリアが言うと、スルリと元の吊るされていた紐までも解けた。
「きゃああっ!!」
ユメアは真っ逆さまに落ち、ダリアに受け止められる。
「おわっ!ナイスキャッチ!」
「………まぁいい。まず調査結果を報告しろ」
【ナイトメア】とは。
人間の悪夢の事である。現実世界に出ると、黒い霧のような物になる。
そして、【ナイトメアデッド】とは。
その悪夢が夢から現実に引きずりでて、悪夢の支配者『死神』となった個体を指す。
この『死神』は、夜にのみ徘徊し、肉体を持つ。
周りの人間を、悪夢に引きずり込む習性がある為、野放しには出来ない。
そして、【バク・ナイトメア】とは
ナイトメアデッドを喰らう『バク』と、悪夢『ナイトメア』を使用する個体をさす。
「で?」
「対象は、やっぱり誰かに侵食されたナイトメアデッドだったよ。"あの方"って単語を発してた。それに、普通のナイトメアデッドよりバケモノに成り果ててたし」
「…なるほど。」
「元の持ち主は意識不明の重体。あと1日対処が遅れてたら、ナイトメアが持ち主を喰っちゃってたね」
クイ、と眼鏡をかけ直し、筆を走らせる。
ユメアは点滴に繋がれており、足をパタパタと遊ばせる。
ナイトメアデッド捕食者は、稀にナイトメアデッドの悪夢が取り付く可能性がある。
バクが疲れているとその可能性が上がる為、外部からバクの栄養剤をうち、治癒するのだ。
「…精神科医からの情報提供じゃ、悪夢を見てから1週間の筈なんだがな」
「1ヶ月かけて悪夢はデッド化するのにね。進行スピードが早すぎだよ。元気すぎ~」
「そうだ………な?!」
ユメアが報告する内容を書類に書き、チラリと彼女に目をやると、そこにはお菓子を高速で口に運んでいるユメアが映る。
普通に喋りながら、モグモグと食べていただなんて。
誰が予想出来ただろうか。
「報告中にッッ……何食ってんだァ!!!!」
「だってー!昨日、ケーキ屋さん開いてなかったんだもーん!」
「当たり前だ!深夜2時だぞ?!!お菓子没収!!」
「いやぁあっ!私の糖分っ!!」
バッとお菓子ボックスを取り上げ、ダリアのナイトメアに包ませる。
ナイトメアは、ボリボリと音を立てながら、木箱ごとお菓子を食べた。
涙を浮かべながらダリアの足元にしがみつくユメアは、プルプルと震えだし、急速に萎れていく。
「あァ……っ。ワタシの…オカシ……ナクナッタ……」
足元に広がる蔓草を、プチプチ引き抜きながら、チラリ、チラリとダリアを見る。
ダリアはユメアを全く見ずに、黙々と作業を続けていた。
が、しかし。
怨念かのようにブツクサ独り言を喋り続けるユメアを気の毒に思えてきた。
「ワタシ…頑張ッタノニ………糖分、大事ナノニ」
「……………あーもう!分かった!お菓子1年分買ってやるから戻ってこい!」
「本当おおお?!?」
たった一言でパッと元気に返事をするユメア。
満面の笑みで、先程まで落ち込んでいたとは思えない。
してやられたな、と。
ダリアは思ったのだった。
その時キラリと、シャンデリアが輝いた。
様々な方向に反射していた光が、絵画の1つに集まっていく。
何かに導かれるように。
「あっ!まいだーりん!!ごふっ!!」
「黙れ!!」
頭から拳がふってきて、クラリとよろめくユメア。
トサッと、何かに抱きとめられた。
ゆっくり上を見上げると、そこには美女の顔がある。
「フィアレス様!」
ユメアが名を呼ぶと、ニコリと微笑みダリアの方へ向き直る。
その動作、時が遅くなったのかといわんばかりに目が惹き付けられる。
動きがとくに遅かった訳では無い。
彼女の妖艶さが滲み出ているのだ。
「ダリア、業務お疲れ様。昨日は何一つ報告が上がってこないものだから、ナイトメアデッドに殺られてしまったのではないかと心配したよ」
ユメアを抱き抱えたまま、ダリアの頭を撫でる。
心地の良さ。
意識をしていないと、すぐに逝ってしまうような程の安心感。
それにグッと耐え、ダリアは口を開く。
「申し訳ございません」
「ユメア?報告は纏めてする事になっている。仕事を終えたらまず、報告する事。ダリアが可哀想だ。いいね?」
「…はぁい。ごめんなさい」
ユメアはフィアレスの腕からスルリと抜け、フィアレスが現れた絵画の方へ向く。
絵画には、聖母が描かれている。
フィアレスの雰囲気と、そこにある聖母の雰囲気は
酷似しており、この絵に飲み込まれそうになった。
裏側には、金色で組織の模様。
あぁ、こんなイラストに囲まれてるなら私もこのアトリエに気楽に来れるのに。
と心で呟き、聖母を表にし壁にたてかけた。
「ダリアもすまないね。看守の仕事は私よりも多いというのに。ナイトメアデッドの暴走だって、未だに落ち着いていないだろう?」
「いいえ、所長。私が好きで引き受けているのです。気になさらないでください」
フィアレスは悲しげに微笑むと、アトリエにある絵画をぐるりと見渡す。
ピンクと赤色、水色が使われている絵画達。
しかし、その裏面はユメアが見ている聖母以外、全て暗い色で描かれている人の絵だ。
まるで、今にも泣き叫びそうな、悲痛さが伝わってくる。
「よく、これだけの量を閉じ込めているね。ダリアのチームがとても優秀なのが分かるよ」
「恐縮です」
「さて……本題に入ろうか。ユメア、こちらへいらっしゃい。」
点滴をカラカラと押し、フィアレスの隣に座る。
そこに並ぶ顔2つは、姉妹のように思わせた。
「ナイトメアデッドの暴走が頻繁に起きている。悪化も早い。その事は知っているね?」
「はい」
「裏で誰かが手を引いてる可能性がある。そうでなくては考えられない。協力者である病院も、手を出せない状態だ。これ以上死人を出さない為に原因を突き止めて欲しい」
ユメアはニコリと笑った。
「当たり前じゃないですか。この世は幸せであるべきですもん」
その姿にダリアとフィアレスはキョトンとしたが、しだいに柔らかい表情へ戻る。
ユメアは、相変わらずだ。
「さぁて、ダリア。またクマちゃんパンツ借りるね!」
「やめろ!!!」
賑やかな声。
この幸せには、いつも暗い闇が付き纏っている。
たった1歩踏み間違えるだけで崩れる脆いモノだ。
今はまだ、このままでいい。
現実は時に忘れた方が身のため。
だなんて、なんと身勝手な事だろうか。
フィアレスは、星空のような瞳を閉じて、微笑むのだった。
ーーーー
お久しぶりです。
予定通り、こちらデッド化進行中でございます。
病院というのは、ありとあらゆる機材が揃っておりますので、私をこの姿にして頂いたこと、まことに感謝しております。
さて、本題へ参りましょう。
バク・ナイトメアが動き出しております。
捕食された仲間も数名。
ある種の毒を孕んでいるデッド共ですが、すぐに浄化される事でしょう。
こちらの準備は完全と言えません。
そこで、1つお願いをしたいのです。
バク・ナイトメアのナイトメアを捕獲出来ませんでしょうか。
あれらの使うナイトメアは、あれらが見たナイトメア。
使役は出来ているものの、ちょっと着色すればまた動き出す事でしょう。
それを実験したいのです。
何卒、ご検討いただけますと
。
彼は、笑う。
闇夜に浮かぶ、死者達に。
彼は、笑う。
これから起きる、殺戮の日に。
彼は、笑う。
悪夢と踊る事を夢見て。
(第1話 終)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます