エピローグ
このニヶ月後、フラドリー領の僭主ゴルドは隣領に侵攻する。しかしその隙に前領主の息子、「アイラルの盗賊」を率いたバルドが、亡き父の城を奪還することに成功する。
ゴルドは兵を返し、バルドとの決戦に臨もうとしたが、領民はバルドの元に集まり義兵を興す。またゴルドの兵達も次々に逃亡、ゴルドは落ち延びた山中で元部下に討たれた。
・・・この戦いの中で、バルドのそばにいつも付き従うようにいた、女戦士の話が民間で伝わっている。
長柄の斧槍を軽々と振り回して敵を討つその無双の腕前に、人々は正しき領主様に神様が「戦乙女」を下されたのだと噂しあった。
しかし、フラドリー家に伝わる年間録にも、また王国南領諸史にも彼女の名は記載されておらず、この戦いの後の春に行われた、バルドといいなずけであったアラーデとの、結婚式の出席者目録にも彼女らしき名は見つけられなかった。
彼女は後の人々が生み出した、想像だったのだろうか・・・?。
「はくしゅっ!!」
「おだいじになぁ・・」
ゴトゴト揺れる驢馬車の荷台に乗っているティーリスのくしゃみに、農夫はのんびりと答えた。
この間の秋に乗せた娘をまた春に乗せるなんて、妙な事が起こったものだと、農夫は手綱を握りながら思った。しかも彼女が立っていたのは、またあの四つ辻であった。
「おじさん、またお願いできますか?」
農夫はこの間と同じく彼女を乗せてしまったのだ、しかし一つだけ違うのは、彼女がフォークンの町とは逆の方に向かっていることだった。
フォークンの町と言えば、なにやら冬の間に大変な事になったらしい、何でも戦争になったとか、領主様が変わったとか・・。
町から離れて世事に疎い農夫の所でも、そんな話は伝わっていた。もっともおおかたの事には全く彼には関わりのないことで、あるとすれば、「アイラルの盗賊」がいなくなったらしい事と、フォークンの町のならず者共が一掃されたぐらいの事だった。
何はともあれ、"無法者"がいなくなったのは結構なことだ、たぶんこの娘も相手がいなくなったので、出てゆくところなのだろう・・。
おおかた、このような見当をつけて、農夫は目の前の道をぼうと眺めた。春のやわらかな日ざしがぬかるんだ道を照らし、木々の芽がやがて訪れる新緑の色に染まっている。
「いいおてんきですね!、秋も素敵だったけど、春はもっと素敵ですね!」
木々を見上げながら、ティーリスは弾む声で言った。
「・・ん。ああ・・」
農夫は曖昧に答えると、フォークンの事を思い出して彼女に尋ねた。
「あー、娘さん・・、その、フォークンじゃぁ・・、何してたンかね?」
荷台でそれを聞いたティーリスは、にっこり笑って答えた。
「"アイラルの盗賊"の首領を見つけましたよ!」
さすがに二回目は農夫も車を止めたりはしなかったが、身をすくませ、手綱をもったまま荷台を振り返った。
彼女はにこにこ笑って農夫をみている。
「そりゃ・・、よかったなァ・・・」
ティーリスに答えながら、農夫は若いもんは冗談がすぎるわい、と前を向きながら一人頭を振った。
農夫のあきれ顔にも気が付かず、ティーリスは春の雲が浮かぶ空を見上げながら、ゆくてを思い始める、今度はどんなことが待ってるのだろうか?。春の日差しを受けて、そんなことを考えると、とても楽しくなってくる。
やがて荷台からは、黒髪の娘の優しい春の歌が、風に乗って舞い始めた。
「賞金稼ぎ、もしくは、戦乙女の序曲」
おしまい
「賞金稼ぎ」 will @willowisp
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