1、わたしが前世を思い出したのは
わたしが前世の記憶を思い出したのは、小学校の三年生、まだ八歳の時だった。
小学校に入学してこの方、わたしは図書室の住人だった。
昼休憩、放課後と、図書室に入り浸り、時間の許す限り読書に勤しんでいた。
主に好んだのはファンタジー小説で、図書館にあるいわゆる『児童書』と呼ばれる書物を早々に読破したわたしは、海外の翻訳小説にも手を出し始めていた。
『指輪物語』『ナルニア国物語』『ゲド戦記』から始まって、『氷と炎の歌』などの最近のものまで、わたしは手当たり次第に読み漁った。
そうした中でわたしは、ひとつの本と出合うことになる。
――『魔王』。
シンプルな題名の、翻訳小説。
魔女狩りを題材とした、架空の物語。
魔女として追われることになった少女と、それを守る少年、そしてそれを追うもう一人の少女と騎士たちの追走劇。
三部作からなるその小説は、重厚的に過ぎて、とてもではないけれども理解できなかったけれども。
気づいたのだった。
あ、これ、わたしの前世の世界だ。
いや、正確にはたぶん、わたしが暮らしていた前世世界の、だいたい六〇〇年くらい前の時代。
人類がまだ【エリン】と呼ばれる大きな島に閉じこもっていた時代の、一背景。いわゆる『魔女狩りの時代』と呼ばれるころ。
あの世界では、今でこそ【流星の魔女】の活躍によって緩和されているとはいえ、『魔女』とは社会通念上『邪悪』として描かれることが当然とされていた。
うん、かなり、とんでもなく大昔の出来事を描い小説のようだけれども、なんだか理解できてしまった。
固有名詞だとか、時代背景だとか、前世の大昔、歴史の授業かなんかで習ったような、そんな他人事のような、かなりわたしにとって遠い出来事を描いた物語。
だからだろうか。
わたしはその事実を、そんなに大きな驚きはなく、衝撃もなく、ごく普通のこととして受け止めることができたのだった。
そうなってくると気になるのはその『魔王』とかいう小説が一体何なのかということだった。
ただの偶然の一致ではありえない。
シチュエーションや状況はともあれ、固有名詞に思い当たる部分があれば、もう間違いはないだろう。
創世の女神ニレとか、人々が暮らす島の名前が『エリン』だとか、全島を統一した国の名が、斜陽の帝国『ダナン』だとか。
史上最悪の魔女と呼ばれる存在が『語らずの魔女』だとか、その魔女が召喚した『最深に坐する魔王』を討伐した人々が『九騎士』と呼ばれているだとか。
わたしの記憶を刺激する単語を上げると切りがない。
物語の主人公たちが現実に存在していたのかどうかはわからないけれども、少なくともあの世界のあの時代に、実際にあってもおかしくない出来事だということは確かだと思えた。
小説としてはどうかというと、意外、と言っていいのかどうかよくわからないけれども割と面白かった、ような気がする。
プロローグでいきなりヒロイン1がヒロイン2に殺されて、一冊ほぼ丸々、その状態に至るまでの回想に充てられるという構成はどうかと思うけれども。
前述したように重厚な人と人との感情のぶつかり合いは正直のところ複雑に過ぎて、所詮は小学生にすぎない当時のわたしにはよくわからないところも多かったのだけれども、何となく、もう十年くらい後に読むと、もっと面白く読めるような予感がするのだった。
ネタばれすると、すっごく悲劇だったので、読んだ後に三日間くらいは気分が落ち込んで何もする気になれなかったのだけれども。
しっかし、なんでタイトルが『魔王』なんだろうね?
魔王とは、たぶん、あの世界におけるあの『魔王』なんだろうけれども、物語の中では大して深く掘り下げられることもなく終わってる。
どういうことなんだかと調べてみると、実は続編があるらしかった。日本では未翻訳だったけれども。
そしてわたしが今回読んだのは、全五章からなる物語の第一章だったらしくて、その物語は原書でもまだ第三章までしか発表がされていないみたいだった。
作者はフィンランド在住の作家ユーソ・E・アハティサーリ(Juuso Eelis Ahtisaari)。
この『魔王』以外にも多数の著作を持っているらしく、特に代表作と目されている『最果てのフェアリーテイル』はアメリカで連続ドラマ化も決まっている超人気作らしかった。
正確には、原作である『最果てのフェアリーテイル』よりも、続編の方が人気が出ていて、日本で翻訳されているのもその続編の方だけなのだとか。
図書室にあったので読んでみたらなるほど、『魔王』とは打って変わって、少女騎士とそのお付きの自動人形の、大戦後の大陸を旅するロードノベルで、非常に明るく楽しい、ユーモアにあふれるお話だった。
二作目は続編がまだ継続して続いていて、日本でも随時翻訳予定らしい。
好みとしてはこっちの方が断然に上だったけれども、残念ながらこちらはわたしの前世とは全く何も関係ないであろう世界の話だった。
――話を戻そう。
しばし転生してしまったことに呆然としていたわたしではあったのだけれども、なんで転生なんかしているのか、さっぱり思い出せなかった。
前世のわたしは【聖王国】レジーナ出身の、貴族の娘だった。伯爵家と、身分はさほど高くなかったのだけれども、同世代で回復魔法の腕が――ひとりの例外を除いて一番上だったことと、聖堂騎士団に所属していないことから白羽の矢を立てられ、侯爵家の養女となったのちに【森の国】フォレステカの王太子の婚約者の一人として嫁ぐことになったのだった。
王太子にはすでに正妻候補となるエヴァティーアという、【剣の国】ファーザスの第四王女がいたので、第二夫人か第三夫人くらいの位置づけだったのだけれども。
婚約が成立したのちにわたしはすぐに【森の国】に移り住むこととなり、王太子の後宮である『新緑宮』に一室が与えられた。
移り住んでわずか三日後に儀式が行われ、婚約が正式に締結されて、わたしは生涯、王太子である彼に対して恋するように、魔法を魂に刻まれたのだった。
それからわたしは数年間、後宮で彼を中心にして、仲間たちと面白おかしい日々を過ごした――はずだった。
後宮の皆は、例外なく仲良く、趣味趣向や性格もバラバラだったけれども、だからこそ飽きることなく毎日いろいろなことが起こって、時に対立して、時に和解して、笑い、泣き、平和に過ごしていた、はずだった。
なのに、どうして今、ここにいるのだろう?
何かがあったのだと思う。
その日々は、わずか数年の、さほど長い間ではなかったと思う。
その先の記憶を、わたしはいまだに思い出していなくて、ぼんやりと何かがあったという感覚はあるけれども、認識することはできない。
きっかけは前世の世界が書かれた小説を読んだからだ。
連想ゲームみたいに記憶がぼんやりとわたしの中から浮かび上がってきた。
そう、ぼんやりと、浮かび上がる、だ。
決して明確に思い出したわけではない。
なんだかひどく遠い、ずっと昔にあった思い出のように、ぼんやりと思い浮かんできたのだ。
ああ、昔そんなことがあったよね、という風に。
しかし、当時小学生の、しかも低学年だったわたしがそんな風に思い出を感じるなんて、到底おかしなことだった。
前世の思い出はわたしの精神年齢を押し上げて、しかし、生まれて八年とはいえそれなりの生を経験してきたわたしは、今世の常識とかをすでにある程度把握できていたりしていて、この状況はひどく異常であると確信しており、ゆえに一人黙することになるのだった。
なんで前世の記憶なんてものを持っているのだろう?
前世の世界が書かれているこの本は、何なのだろう?
作者のユーソ・E・アハティサーリとは一体何者だろう?
疑問はわたしの中で無秩序に乱立されるが、小学生のわたしにはそれを解消する能力も伝手も手段もなく、静かに封じて閉じ込めて、忘れることにした。
前世がどうだとか、それが今の生に関わることなんてないだろう。
そう思っていた。
高校生となり、彼らと再会するまでは。
アヴァロンには帰れない ―転生ハーレム編― 彩葉陽文 @wiz_arcana
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